病院薬剤師のブログ

徒然なるままに。少しづつ勉強していきましょう。

当直中のビビった処方(シクロスポリン)

当直業務を行うにあたり,若かりし自分が,ちょっと戸惑った処方を紹介していきたいと思います.

簡単なものから色々と.

薬学生のかた,普段調剤に関わっていない方から,病院で当直することになりそうな方まで,ご参考になさってください.

 

第4回ヤクガクテキ処方箋鑑査

 

前回からずいぶん経ちまして,もうないかと思っていましたが,細々と第4回目はこちらです.

ちょっと昔のことで,記憶もないところがあるかもしれませんがスミマセン.実処方を少しモディファイしてありますので,少し整合性が取れなくなっているかもしれません.

それではどうぞ. 

 

f:id:RIQuartette:20190527222131j:plain

ソラマメ

 

このような処方がきました

 下記の処方を服用中の方です.腎臓膠原病内科からの処方です.

 

プレドニン(5) 12錠

ランソプラゾール(10) 1錠

ロスバスタチン(5) 1錠

分1朝食後

 

追加処方として,

ネオーラル(25) 5カプセル

分1食前

 

ネオーラルはあえて商品名での記載となっております.

ネフローゼの方への処方となります.

 

本処方の気になるところは…

追加になったネオーラルのところですが,

知っている方は迷わないでしょう.

 

適応も多数ありますが,用法用量のところです.

情報量が多いですが,下記添付文書の情報です.

 

オーラルカプセル添付文書 2018年7月改訂 (第22版)より

 

用法及び用量

  1. 腎移植の場合

通常、移植1日前からシクロスポリンとして1日量9〜12mg/kgを1日2回に分けて経口投与し、以後1日2mg/kgずつ減量する。維持量は1日量4〜6mg/kgを標準とするが、症状により適宜増減する。

  1. 肝移植の場合

通常、移植1日前からシクロスポリンとして1日量14〜16mg/kgを1日2回に分けて経口投与する。以後徐々に減量し、維持量は1日量5〜10mg/kgを標準とするが、症状により適宜増減する。

  1. 心移植、肺移植、膵移植の場合

通常、移植1日前からシクロスポリンとして1日量10〜15mg/kgを1日2回に分けて経口投与する。以後徐々に減量し、維持量は1日量2〜6mg/kgを標準とするが、症状により適宜増減する。

  1. 小腸移植の場合

通常、シクロスポリンとして1日量14〜16mg/kgを1日2回に分けて経口投与する。以後徐々に減量し、維持量は1日量5〜10mg/kgを標準とするが、症状により適宜増減する。ただし、通常移植1日前からシクロスポリン注射剤で投与を開始し、内服可能となった後はできるだけ速やかに経口投与に切り換える。

  1. 骨髄移植の場合

通常、移植1日前からシクロスポリンとして1日量6〜12mg/kgを1日2回に分けて経口投与し、3〜6ヵ月間継続し、その後徐々に減量し中止する。

  1. ベーチェット病及びその他の非感染性ぶどう膜炎の場合

通常、シクロスポリンとして1日量5mg/kgを1日2回に分けて経口投与を開始し、以後1ヵ月毎に1日1〜2mg/kgずつ減量又は増量する。維持量は1日量3〜5mg/kgを標準とするが、症状により適宜増減する。

  1. 乾癬の場合

通常、1日量5mg/kgを2回に分けて経口投与する。効果がみられた場合は1ヵ月毎に1日1mg/kgずつ減量し、維持量は1日量3mg/kgを標準とする。なお、症状により適宜増減する。

  1. *再生不良性貧血の場合

通常、シクロスポリンとして1日量6mg/kgを1日2回に分けて経口投与する。なお、患者の状態により適宜増減する。

  1. ネフローゼ症候群の場合

通常、シクロスポリンとして下記の用量を1日2回に分けて経口投与する。なお、症状により適宜増減する。

(1) 頻回再発型の症例

成人には1日量1.5mg/kgを投与する。また、小児の場合には1日量2.5mg/kgを投与する。

(2) ステロイドに抵抗性を示す症例

成人には1日量3mg/kgを投与する。また、小児の場合には1日量5mg/kgを投与する。

  1. 全身型重症筋無力症の場合

通常、シクロスポリンとして1日量5mg/kgを1日2回に分けて経口投与する。効果がみられた場合は徐々に減量し、維持量は3mg/kgを標準とする。なお、症状により適宜増減する。

  1. アトピー性皮膚炎の場合

通常、成人にはシクロスポリンとして1日量3mg/kgを1日2回に分けて経口投与する。なお、症状により適宜増減するが1日量5mg/kgを超えないこと。

 

 

 

適応も多く,用法用量も疾患ごとに分かれていて,同じような用法になりますが,

どれも1日2です.

 

用法及び用量に関連する使用上の注意 には下記の記載もあります.

 

2.本剤の投与にあたっては血中トラフ値(trough level)を測定し、投与量を調節すること。

 

とありますし,1日1回だと確かにトラフ値は低くなりますが…

と悩んでしまいました. 

 

 

ガイドラインの解説

 

ネフローゼの方でしたので,そのあとササっとガイドラインを確認することができました.私が対応した時,もちろん2017年版ではなかったのですが,2017年の最新版も見てみます.

 

 

http:// http://jin-shogai.jp/policy/pdf/Neph_2017.pdf

 

ガイドラインは2011年にもありましたが,そちらにも同様の記載がありました.

 

 

最近,均一化されたマイクロエマルジョン製剤の実用化により血中濃度が安定したため,1 日 1 回食前投与を推奨する報告も少なくない.

その場合には,初期量を 2 mg/kgBW/日からとし,後述のように血中濃度を測定して,増量が必要であれば 3 mg/kgBW/日までの範囲で投与量を調節する.

ただし,C2 レベルなどによる厳格な管理が必要である.6 カ月以上使用して効果がみられない場合は中止する.また,寛解導入後に副作用に備え減量を考慮するが,再発にも注意しなければならない.

 

とあります.ネオーラルという有用な薬剤が発売され,1日1回投与が可能となったという記載です.

初期量とC2(服用後2時間の濃度)を確認することで,安全に使用できるという事になっています

 

実際濃度を測定するときも,厳密な時間が必要とされていますので,病棟での測定時,医師は(研修医の先生方が多いですが)緊張して行っています.時間を気にして,という意味です.

ネオーラルのピーク時間が,C2で効果を示すとされるAUC0-4と相関するため,モニタリングが行われています.

 

ネオーラルの素晴らしさを学ぶ

私は別にノバルティスさんの回し者ではないですが,少し書かせてください.

 

ネオーラルは発売が2000年5月です.

開発の経緯など,IF(2018 年 7 月改訂(改訂第 19 版))にありましたので抜粋します.学生さんもよく勉強している方も多いですが,ネオーラルは

 

シクロスポリンは脂溶性であり、

経口投与時の吸収に消化管内の胆汁酸分泌量や食事の影響を受けやすいことが知られていたことから、

これらの問題を改善するためにイクロエマルジョンによる改良製剤であるネオーラルが開発された。

 

となっております.

ネオーラルが発売される前はサンディミュンとして発売されていましたが,食事の影響を受けやすいなどの問題がありました.

IFにも,ネオーラルの特徴として,

 

従来のシクロスポリン経口製剤(サンディミュン内用液、同カプセル)にみられた収における胆汁酸や食事の影響を少なくし、安定した薬物動態が得られるようシクロスポリンをマイクロエマルジョン化した製剤である。

 

 

とあります.サンディミュン知らない方も多いのではないでしょうか?

 

オーダするときに,偉い先生に,

『“サンディ”ってローマ字でパソコンに入力しづらい!』

と言われたことがあります.

 

そしてネオーラルの名前の由来は,同じくIFより,

 

Neoral®

(3)名称の由来

 ノバルティス ファーマ社(スイス)で開発された新しい経口剤

(NEO ORAL) !!!

 

そのまんまです.まんま過ぎます.

覚えやすいです.やりますな,ノバルティス!!

 

それだけこの薬剤(シクロスポリン)の吸収に関して,先人たちは悩み,

開発してきたという,熱すぎるほどの情熱を,感じられる薬剤ではないでしょうか?

 

上記ガイドラインでも,

最近,均一化されたマイクロエマルジョン製剤の実用化により血中濃度が安定したため,

という文章は2011年のガイドラインから,最も新しい2017年のガイドラインにも記載があります.

それだけシクロスポリンの吸収に,情熱をかけていた方の思いが感じられます.

 

最近,というのはどこくらいまでが最近かは分かりませんが,

そんなことは良いのです.

 

シクロスポリンという素晴らしい薬剤の,脂溶性があるがために唯一の問題点であった吸収の問題.

胆汁分泌量や食事の影響を受けやすいという点を,マイクロエマルジョンという製剤の改良を行うことで克服できたわけです.

 

新しい薬剤の開発というのはお金も時間もかかります.

シクロスポリンという薬学を志す者は必ずだれもが知っている,移植領域も含め,今の治療には欠かせない薬剤です.

この薬の歴史を見ていると,吸収の問題という,新たにその弱点を克服することで,その薬剤としての有用性を伸ばしている.

なんだかワクワクするのは私だけでしょうか.そうですね,きっと.

 

別に1日2回でいいのではないの?

添付文書もそうなっていますし,2回でよいのでは?わざわざ1回にする理由は?と感じる方もいるかもしれません.

 

ガイドラインの引用文献にある4つの論文のうちの一つをご紹介いたします.

 

私の勝手な解釈なので,詳細は原著をあたってください.

 

Nephrology (Carlton). 2007 Apr;12(2):197-204.

Benefits of cyclosporine absorption profiling in nephrotic syndrome: preprandial once-daily administration of cyclosporine microemulsion improves slow absorption and can standardize the absorption profile.

PMID: 17371346

 

名古屋第二赤十字病院の先生の御発表になります.

 

概要です.

・シクロスポリンはネフローゼ症候群のタンパク尿改善が知られているが,腎障害とも関連している

・ステロイドとシクロスポリンを併用すると,ステロイド量を減らすことができる

・シクロスポリンは血中濃度の治療域が狭い.サンデミュンはトラフレベルが安全性の指標とされている

腎障害を持つ患者への,シクロスポリン1日1回投与が,シクロスポリンの腎毒性の進行を予防するのに効果的

 

 

腎機能を維持するためのシクロスポリンは,残念ながら腎機能障害を引き起こしてしまう可能性もある.

その可能性を最小化するために,1日1回の服用としてトラフ濃度を下げることで,有効性と安全性を調べたという内容です.

 

1日2回投与することで,当然ですが1日1回よりは服用回数が増える分,トラフ濃度は高くなってしまいます.

 

薬学を学んでいれば,この視点はとても興味深く,ガイドラインを見ただけではそこまでは読み切れないかもしれません.

そして腎臓を専門に見てきている今までの医師の英知が,ここには集約されている気がしたのです.

医療というものはやはり,先人たちの偉業があった上になりたっているといっても,過言ではないでしょう.

 

この論文では20人の報告ですが,AUC0-4を評価しながらモニタリングを行い,6か月後で治療前と比べて改善したとされています.

血清クレアチン,BUNの変化もなかったと報告されています.そしてシクロスポリンの平均投与量の有意な減少をもたらした,とあります.それは何を意味しているのでしょうか?

1日1回の投与へ変更し,しっかりモニタリングを行うことで,有効性と薬剤への暴露量を減少している結果が得られています.

 

この報告の前にも,小児での1日1回投与や,移植に関する報告も含め,様々な試験があり,この報告に至っているわけですが,上記の通り,

有効性を保ちつつ,薬剤の暴露量を減らすこと,というのは,薬物療法の最も大切なものの一つではないかと,私は感じています.

 

治療中も,吸収が遅い方は血清クレアチニンが上昇し,目標AUCの設定を行いながら,

食後から食前に服用方法を変更するなどして血清クレアチニンが改善したとされています.

クレアチニンの推移や,シクロスポリンの濃度をみながら,治療を行う必要性が示唆されています.

 

腎臓病の進行を防ぐ,薬剤性腎障害から腎臓を守る,そのために用法用量,服用方法を考えながら,理論に基づいた治療を行う,薬物の暴露をなるべく少なくする,

私が考えている,理想の薬物療法が,この論文には集約されていました.

 

個人的な見解のため,内容が飛躍してしまっているかもしれませんし,

異なっているかもしれません.詳細は原著をあたってください.

 

処方せんを通して,どんな治療が行われているのか,

根拠に基づく中にも,専門の医師としての思いというか,

腎臓の治療に携わっている医師の思いというものが,感じられた論文でした.

 

その他に見逃してはいけない点として

 

ちなみに,シクロスポリンはスタチンと禁忌になっている薬剤があります.

 

いまでは電子システムでチェックをかけている施設が多いでしょう.

しかしながら,複数の病院での処方などでは難しい場合もあるかもしれません.

 

上記のロスバスタチンの処方は中止となっていました.

添付文書では併用禁忌に下記があります.

 

ピタバスタチン(リバロ)

ロスバスタチン(クレストール)

臨床症状・措置方法

これらの薬剤の血中濃度が上昇し、副作用の発現頻度が増加するおそれがある。また、横紋筋融解症等の重篤な副作用が発現するおそれがある。

機序・危険因子

本剤により、これらの薬剤の血漿中の濃度が上昇(ピタバスタチン:Cmax6.6倍、AUC4.6倍、ロスバスタチン:Cmax10.6倍、AUC7.1倍)する。

 

 

両薬剤共に,けっこうAUCの増加があります.

これは見逃さずに確認したいところです.

 

 

いかがでしたでしょうか?

たかが1日1回と1日2回.

添付文書では1日2回となっています.その処方には色々な思いが積み重なっていると考えると,

ただ単に,

『1日1回の処方ですけど,添付文書は1日2回が通常なので,そちらでよろしいでしょうか?』

とは疑義照会できない気がします.

 

より有効に薬剤を使用すること.薬物療法の基本となる部分でしょう.

 

ガイドラインの確認だけで終わっていたら,あまりいろいろ考えなかった気がします.

当直明けに,ガイドラインにはあるけど,その元論文を…と考え,眠気と戦いながら読んでみた思い出です.

 

薬物療法は奥が深いですね.

これからも日々勉強を続けていかなくては,と感じたエピソードを紹介させていただきました.