病院薬剤師のブログ

徒然なるままに。少しづつ勉強していきましょう。

絶対に欠品してはいけない医薬品,その理由.⑤エリスロマイシン

記事を書いている間に解決してしまったのですが,書きかけも悔しいので載せることにしました.自分の手際の悪さが…

 

地味なニュースですが,沢井製薬より,

2020/06/15に,エリスロマイシン錠200mg「サワイ」の供給に関するお詫び 

がありました.呼吸器科の医師と見たこのニュース,ちょっとうろたえました.

最近の供給不安定の陰に埋もれて,エリスロマイシンまでもかー,と.

 

色々なニュースでも出ています.

 

結論としては,こちらは代替品の対応ができたと報告がありました(2020/06/24).

少し前から準備をしていたので,すこし内容がずれている部分もあるかも

しれませんが,結果としてよかったです.

経緯とエリスロマイシンの偉大さを再度振り返ってみたいと思います.

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深呼吸

 

エリスロマイシン錠200mg「サワイ」の供給に関するお詫び

サワイさんのHpです.2020/6/15にでた第1報.6/22に第2報が出ています.

エリスロマイシン錠200mg「サワイ」|沢井製薬

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おしらせ1

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おしらせ2


下記でも取り上げられています.

日刊薬業

沢井製薬、エリスロマイシン錠を7月下旬に出荷停止 原薬の規格不適合で | 日刊薬業 - 医薬品産業の総合情報サイト

 

日本化学療法学会

http://www.chemotherapy.or.jp/notice_index.html

化学療法学会でも,エリスロシン錠で代替可能という

沢井さんのお知らせが出ています.

 

上記の

エリスロマイシンの供給マズいの?

  ↓

代替のエリスロシンどうなるの?

 

という一部がうろたえた混乱を通り越して,

解決した情報のみ掲載されています.

とりあえずホッとしています.

 

エリスロマイシン錠を理解する

偉そうなこと書いてしまいましたが,マクロライド系抗生物質製剤,

クラリスロマイシンと同様,14員環マクロライドの代表的な薬剤です.

 

エリスロシンIFに,開発の経緯があります.

エリスロマイシンは Streptomyces erythreus の生産する抗生物質として 1952 年に McGuire らにより発表されたマクロライド系抗生物質である.化学的には 1 分子の erythronolide,1 分子の desosamine 及び 1 分子の cladinose より成る塩基性物質で水に溶けにくく有機溶媒に可溶でありかつ容易に塩,エステルを形成する.

その抗菌スペクトルは広く,グラム陽性菌,一部のグラム陰性菌,マイコプラズマ,トレポネーマ,レプトスピラ,リケッチア,クラミジア,赤痢アメーバなどに抗菌力を示す.

経口投与により,体内によく吸収され各組織に広く分布する.急性毒性は低く,慢性毒性試験でも異常はほとんど認められない.

臨床ではグラム陽性菌による呼吸器感染症,浅在性化膿性疾患などに主に用いられており,副作用は一般に軽微で頻度も高くないとされている.

また,1975 年 12 月,1993 年 9 月,2004 年 9 月に再評価結果の公示を受け,有用性が確認された.

 

かなり古い薬剤,抗菌薬としても過去から現在まで使用されている,

代表的な医薬品の一つです.

 

今回私たちがうろたえた,沢井さんのお詫び文章には下記の記載があります.

 

規格に適合した原薬の確保ができないことから、安定供給に支障を来すことが判明いたしました。

つきましては甚だ勝手ではございますが、特約店・販売会社への出荷調整の後、在庫がなくなり次第、供給を一時停止させていただきます。

 

色々な供給制限もありますが,原薬の確保は,やはり医薬品供給の根本になります.

これは非常に気になる案内文でした.

ちなみに代替品となるエリスロシン錠の原薬は問題ないようです.よかったです.

 

現在,エリスロマイシン錠 200mg「サワイ」は後発品です.

 

じゃあ,先発品があればいいのではないか?という話にもなりますが,

エリスロマイシン錠 200mg「サワイ」と

エリスロシン錠100mg/エリスロシン錠200mgの違い,

あまり理解しておりませんでした.

 

エリスロマイシン,薬学性は皆勉強します.

とても優れた薬剤ですが,胃酸による分解があるため,

その胃酸をどのように潜り抜けて腸までたどり着くか,

という物語を学生の時に勉強した記憶があります.

 

そんなドラマチックなものかはわかりませんが,

開発された方は素晴らしいですね.

両薬剤の違いなどをまとめました.

 

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エリスロマイシン経口製剤の違い

沢井の方は後発品扱いです.
しかしエリスロシン錠200mgの後発品ではありませんので,

エリスロシン錠200mgの処方を

エリスロマイシン錠 200mg「サワイ」で調剤することはできません.

ちょっと不思議ですね.

適応の違いを色付けしました.なぜ異なっているかはわかりませんでした.

 

そこにはその胃酸を潜り抜けるための努力がそれぞれで異なっています.

エリスロマイシン錠 200mg「サワイ」は腸溶錠としてフィルムコーティング,

エリスロシン錠はプロドラッグ(胃内での安定性を増大)

として製剤化されています.

 

下記を参考とさせていただきました.

 

胃酸によって分解されずに腸で吸収されるようにプロドラック化したのがエリスロマイシンステアリン酸塩(エリスロシン錠)、一方で腸溶錠としてフィルムコーティングしたものがエリスロマイシン(エリスロマイシン錠「サワイ」)である

 

参考:抗菌薬内服療法におけるDDS,福森 史郎,辻 泰弘,Drug Delivery System;33(1)18-25(2018).

 

この文章,かっこいいです.

 

ちなみに,PMDAで“エリスロマイシン”と検索すると下記のように出てきます.

エリスロシンドライシロップ,錠,エリスロマイシン錠「サワイ」が内服薬です.

眼軟膏のほか,注射もありますが,

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エリスロマイシンの検索1

その下に,乾燥弱毒生おたふくかぜワクチン,乾燥弱毒生風しんワクチンなども出てきます.

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エリスロマイシンの検索2

ワクチンの細胞培養に用いる培地中に含有されるために,検索されるようです.

こういったものの中にも含まれているとは,知りませんでした.

 

本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者,という言葉が

エリスロマイシン製剤にはあります.

そういった方に,ワクチンまで気を付ける対象になるかまでは

わかりませんが,気にしておく必要はあるでしょう.

 

エリスロマイシンが必要な理由

前置きが長くなってしまいました.

マクロライド系抗生物質は,抗菌薬以外にも特徴がある医薬品です.

その中で,この薬が劇的に治療を変えたと思われる領域は,呼吸器領域でしょう.

抗菌作用以外の効果も報告されています.

 

今日の治療指針2020年版 緑膿菌感染症 の項になります.

・慢性気道感染症に対するマクロライド長期療法時に,非結核性抗酸菌症の合併が疑われる場合はクラリスロマイシンではなくエリスロマイシンを用いる.

 

慢性的に喀痰から緑膿菌が検出されている場合でも,マクロライド系抗菌薬のもつ抗炎症作用によって症状や増悪を抑制することが知られている.気管支拡張を伴う慢性気道感染症には,緑膿菌とともに非結核性抗酸菌がしばしば検出される.クラリスロマイシンの単剤投与は非結核性抗酸菌症のマクロライド耐性化を容易に引き起こすため,長期療法時には原則エリスロマイシンを使用する.副作用などでエリスロマイシンを使用できない場合は,非結核性抗酸菌症を慎重に除外しながら,クラリスロマイシンの投与を考慮する.

 

エリスロマイシンと同時に,クラリスロマイシンも有用な薬剤です.

先ほどの福森先生の論文にも,

 

クラリスロマイシンは、エリスロマイシンを修飾することにより胃酸による失活防止、組織移行性の改善および抗菌活性の増強が認められた、特筆すべき例である。

 

とあり,同じ系統の薬剤,薬剤的には胃酸の安定化をした薬剤で,

有効性も高めた医薬品,という認識です.

しかしながら…クラリスロマイシンは,併用禁忌も多いですよね.

  

慢性気道感染症(慢性気管支炎,DPB,気管支拡張症)には,マクロライドは非常に有用な薬剤です.

治療薬マニュアル2020 慢性気管支炎・びまん性汎細気管支炎(DPB)・気管支拡張症の項にも処方例が紹介されています.

 

COPDのガイドライン2018でも,マクロライドは

 

マクロライド(クラリスロマイシン,エリスロマイシン,アジスロマイシン)によるCOPDの全増悪頻度の抑制,重症の増悪頻度の抑制,増悪による外来受診や入院頻度の抑制,増悪に対する治療介入時の増悪の持続期間の短縮,次の増悪が生じるまでの期間の延長,QOLの向上などが報告され,メタ解析でも増悪抑制が報告されている.近年の非結核性抗酸菌症(NTM)の増加を考えると,その治療薬であるクラリスロマイシンの使用に先行してエリスロマイシンの使用を考慮することが提案される.

 

となっています.

 

慢性気道感染症については,下記の文献がとても勉強になります.

 

かつては,難治性の慢性気道感染と呼吸不全進行のため,不良の転帰をとる悲惨な疾患であったが,14 員環マクロライド系抗菌薬の少量長期療法が導入された結果,現在では著しい予後の改善が得られている

 

吉村先生の文献です.

参考:呼吸器感染症 慢性気道感染症,吉村 邦彦,Medicina,51(10)1884-1887(2014).

 

その元文献はこちらです.

Kudoh S, et al:Improvement of survival in patients with diffuse panbronchiolitis treated with low-dose erythromycin. Am J Respir Crit Care Med 157(6 Pt 1):1829-1832, 1998

 

以前に,呼吸器科の偉大なる先生より,

かつて若いときに,この慢性呼吸器疾患の治療にあたられていた時の

お話をお聞きしました.

「苦しいと言っている方を助けられない,何をしても悪くなってしまう.どうしてよいかわからず,ただ看取ることに追われてしまっていて,呼吸器内科医を何度もやめようと思った.マクロライドが使えるようになったため,治療が格段に進歩した.そのおかげで呼吸器内科医を続けられたのかもしれない」

 

少し異なっていた内容だったかもしれません.

衝撃的過ぎて,思わずメモを取らせていただきました.

苦しんで最期を迎えるというとてもつらい状況を,何とか救いたい,

という誰しもが思う,医療人の基本的な部分を行うことができないという絶望感.

そしてそれを劇的に改善することができたという医薬品の登場.

 

大げさかもしれませんが,いろいろな薬剤が開発される中で,

古くても,やはり必要な医薬品なのではないかと私は感じました.

 

「どれが14員環でどれが15員環?え?16員環もあるの?」

などと言っていた当時の自分が情けないですが,

歴史を知るとともに,その必要性を強く感じました.

 

マクロライドの作用機序を含め,慢性呼吸器疾患の患者さんへの有用性は,

・気道閉塞に関係する喀痰や水の気道内分泌を抑制する作用

・気道炎症抑制作用およびバイオフィルム形成抑制作用

・細菌病原性抑制作用

・抗ウイルス作用

・粘液線毛輸送系促進作用

・抗菌物質合成促進作用

などがCOPD や気管支拡張症の増悪抑制機序に関与している. 

 

とされています.このマクロライドの作用機序の多さ.びっくりします.

抗菌作用以外にも様々な研究がなされています.

ムチン,バイオフィルムの作用なども興味深いです.

 

参考;気道感染症 慢性気道感染症に対する治療薬をどのように使用すればよいか?山谷 睦雄,呼吸器ジャーナル,65(3),402-411(2017).

 

点滴はゆっくり落とさないと脈拍に影響したり,

血管痛も気をつけなくてはいけないし,

海外では突然死の論文があったりと,

いろいろな印象があるマクロライド系薬剤です.

 

消化管運動亢進作用(モチリン用作用)などでも使用されることもあります.

本当に不思議な薬です.そしてなくてはならない医薬品です.

 

呼吸器科の先生に教えていただいた論文ですが,

Int J Chron Obstruct Pulmon Dis. 2019 Jun 12;14:1289-1298. doi: 10.2147/COPD.S205075. eCollection 2019.
Effects of Long-Term Macrolide Therapy at Low Doses in Stable COPD
PMID: 31354258 

この論文では,安定しているCOPDの患者さんへのマクロライドは有用で,増悪のリスクがプラセボと比べて23%低いとされています.

サブグループ解析ではエリスロマイシンが有用,高齢者はマクロライドに対する反応性が低いと報告されています.

耐性菌の懸念はあるものの,安全性も良好という報告で,やはり上記と同様,マクロライドの有用性を裏付ける形となっています.

 

今回は,え?沢井の錠剤が供給停止?

ということで,冒頭にも書きました通り,かなりうろたえた私でしたが,

若干の適応菌種などの違いがあるにしても,

マイランEPD合同会社のエリスロシン錠が

代替品として対応いただけるとのことでした.

 

後発品も他にもなく,どうしようと思っていた矢先に,

うれしいニュースでした.

 

このような医薬品の供給は,

本当に欠品をしないようにしていただきたいものです.

 

長々とお読みいただき,ありがとうございました.

 

お読みいただいた後に押しつけがましくてすみませんが,

ちょっとマクロライド愛が湧いてきませんか?

 

14員環を見るとちょっとドキドキするとか.

私だけですかね?