病院薬剤師のブログ

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キノロン系抗菌薬を再考する.重大な副作用の項に「大動脈瘤,大動脈解離」の追記

キノロン系抗菌薬はその優れた抗菌力と安全性から,日本国内でも広く使用されている薬剤の一つです.2019年1月10日に,添付文書の重大な副作用の項に「大動脈瘤,大動脈解離」が追記されました.

海外からの報告も出ておりますし,米国FDAでも警告がされています.少しまとめてみました.

 

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動脈

 

 

今回の改定内容

PMDAより,2019/1/10に,使用上の注意改訂情報がありました.キノロン系抗菌薬に関する情報がアップデートされています.

使用上の注意改訂情報(平成31年1月10日指示分) | 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構

 

対象となる医薬品

対象となる医薬品は下記になります.経口,注射の全てのキノロン系抗菌薬になります.

医薬品名

オフロキサシン(経口剤)

メシル酸ガレノキサシン水和物

シプロフロキサシン

トスフロキサシントシル酸塩水和物(経口剤)(小児の用法・用量を有する製剤)

パズフロキサシンメシル酸塩

モキシフロキサシン塩酸塩(経口剤)

レボフロキサシン水和物(経口剤、注射剤)

塩酸ロメフロキサシン(経口剤)

シタフロキサシン水和物

シプロフロキサシン塩酸塩水和物

トスフロキサシントシル酸塩水和物(経口剤)(小児の用法・用量を有しない製剤)

ノルフロキサシン(経口剤)

プルリフロキサシン

 

改定内容

慎重投与

  「大動脈瘤又は大動脈解離を合併している患者、大動脈瘤又は大動脈解離の既往、家族歴若しくはリスク因子(マルファン症候群等)を有する患者」

 

 

重要な基本的注意(項目がなかった薬剤は新たに設置)

  「大動脈瘤、大動脈解離を引き起こすことがあるので、観察を十分に行うとともに、腹部、胸部又は背部に痛み等の症状があらわれた場合には直ちに医師の診察を受けるよう患者に指導すること。大動脈瘤又は大動脈解離を合併している患者、大動脈瘤又は大動脈解離の既往、家族歴若しくはリスク因子を有する患者では、必要に応じて画像検査の実施も考慮すること。」

 

副作用の重大な副作用

  「大動脈瘤、大動脈解離:大動脈瘤、大動脈解離を引き起こすことがあるので、異常が認められた場合には適切な処置を行うこと。」

 

が追記されています.

 

重要な基本的注意に,項目がなかった薬剤は,新たに設置したとして分かれていますが,内容は同様です.

 

今回の改定に至った経緯

下記の報告を始め,いくつかキノロン系抗菌薬の投与との報告が出てきています.

その一つ,下記の論文の内容を紹介します.

 

・2006年7月から2013年12月の,スウェーデンでの調査

・経口フルオロキノロンによる治療例36万88件の大動脈瘤もしくは大動脈解離のリスクのコホート研究

・傾向スコアマッチングでアモキシシリンによる同件数を対照

・投与開始60日以内のリスク期間内で,大動脈瘤または大動脈解離の割合は,キノロンで1.2症例/1000人・年,アモキシシリン0.7症例/1000人・年で,リスク増加と関連,ハザード比1.66(95% confidence interval 1.12 to 2.46)

 

傾向スコアマッチングによる報告で,実に36万例の解析.数字として1000人・年という部分をどう判断するかという事にもなりそうですが,気になるデータです.

 

キノロン系抗菌薬と動脈瘤,解離という血管の副作用の関係は少し結びつきにくい副作用かと思いましたが,論文内に下記の記載があります

 

・フルオロキノロンは,コラーゲンおよび細胞外マトリックスの構成成分の分解を誘導することが示唆されている

コラーゲンのデノボ産生を減少,腱細胞に酸化ストレスを誘発

 

といった作用のようです.訳が違っていたらすみません.

なんとなく,ですが,キノロンは腱断裂の報告もあるので,同様の影響かな,と勝手に解釈しております.抗菌薬としての作用以外に,コラーゲン合成などにも影響するという事のようです.

改めて抗菌薬について,考える必要がある内容となっております.

 

BMJ. 2018 Mar 8;360:k678. doi: 10.1136/bmj.k678.

Fluoroquinolone use and risk of aortic aneurysm and dissection: nationwide cohort study.

PMID: 29519881

 

他にもいくつか報告が出ています.

 

台湾からの報告でも,キノロン系抗菌薬の使用期間と大動脈瘤、大動脈解離のリスクについて報告されています.

J Am Coll Cardiol. 2018 Sep 18;72(12):1369-1378. doi: 10.1016/j.jacc.2018.06.067.

Oral Fluoroquinolone and the Risk of Aortic Dissection.

PMID: 30213330

 

こちらはマウスの研究になりますが,大動脈瘤、大動脈解離の破裂のリスクになるという報告です.

JAMA Surg. 2018 Sep 1;153(9):e181804. doi: 10.1001/jamasurg.2018.1804. Epub 2018 Sep 19.

Effect of Ciprofloxacin on Susceptibility to Aortic Dissection and Rupture in Mice.

PMID: 30046809

  

FDAの警告

FDAのDrug Safety Communications 2018/12/20に下記の内容が出ております.

今回の,国内の改定と同様の内容です.

 

FDA warns about increased risk of ruptures or tears in the aorta blood vessel with fluoroquinolone antibiotics in certain patients

 

下記のような内容です

・フルオロキノロン系抗菌薬は,大動脈の破裂につながる可能性がある

ほかに利用可能な選択肢がない限り,フルオロキノロンは危険性の高い患者に使用すべきではない

・リスクとなる患者としては,末梢性アテローム硬化性血管疾患,高血圧,マルファン症候群やEhlers-Danlos 症候群などの特定の遺伝病,高齢者などで,大動脈瘤のある患者または大動脈瘤のリスクがある患者

 

フルオロキノロン薬の事実として

・特定の細菌感染症の治療,予防のための抗生物質

・細菌のために用いるもので,ウイルス感染症は治療できない

・肺炎や腹腔内感染症など,重篤な感染症の治療のために使用する

・一般的な副作用として,吐き気,下痢,頭痛,めまい,ふらつき,睡眠障害など

とされています.

 

大動脈瘤,大動脈解離とは

メルクマニュアルの家庭版が分かりやすかったので下記に示します.

 

大動脈について

・大動脈は,直径が約2.5cmセンチメートルある体内で最も太い動脈

・心臓から出た大動脈から,すぐに腕と頭へ向かう動脈が枝分かれする

・大動脈は弧を描いて下に向かい,左心室の高さから腰の骨(骨盤)の最上部の高さまで数本の動脈の枝を出しながら伸び,下腹部に到達する

・大動脈は2つに分岐して左右の腸骨動脈となり,そこから脚に血液を供給する

 

大動脈瘤:弱い部分の壁が膨れた状態

大動脈解離:壁の層が分離した状態

 

大動脈瘤の最も一般的な原因は下記とされています

・動脈硬化(大動脈の壁を脆くする)

あまり一般的でない原因としては以下のものがあるとされています

・大動脈の損傷(交通事故に起因する場合が最も多い)

・大動脈の炎症性疾患(大動脈炎)

・遺伝性の結合組織疾患(マルファン症候群など)

・一部の感染症(梅毒など)

 

 参考;メルクマニュアル家庭版

大動脈瘤と大動脈解離に関する序 - 06. 心臓と血管の病気 - MSDマニュアル家庭版

 

 

マルファン症候群とは

・フィブリリンというタンパクをコードしている遺伝子の突然変異によって発生

・典型的な症状は,腕や指が長いこと,関節が柔軟であること,心臓や肺の障害など

・大動脈の壁の結合組織が弱くなることがあるとされている

 

マルファン症候群自体が大動脈瘤と大動脈解離に影響があるために,注意が必要かと思われます.

 

 

参考;メルクマニュアル家庭版

マルファン症候群 - 23. 小児の健康上の問題 - MSDマニュアル家庭版

 

FDAの過去の注意

FDAからは,2018/7/10に,フルオロキノロン薬による深刻な低血糖,精神的な健康への悪影響についても報告されています.

 

FDA reinforces safety information about serious low blood sugar levels and mental health side effects with fluoroquinolone antibiotics; requires label changes

 

・フルオロキノロン薬による重篤な低血糖および精神的な副作用に関する安全性情報を強化しています

・フルオロキノロン抗生物質は,重篤な細菌感染を治療するために承認され,30年以上使用されている

・低血糖値は,特に高齢者や血糖値を下げる薬を服用している糖尿病患者で,昏睡を含む重篤な問題を引き起こす可能性がある

・低血糖,時に昏睡に陥る危険性を知っておく.高齢者および経口血糖降下薬,インスリン使用中の糖尿病患者においてより頻繁に低血糖は発生

・急性細菌性副鼻腔炎,慢性気管支炎の急性細菌感染の悪化,および合併症のない尿路感染症の治療選択にフルオロキノロンを処方しない

 

低血糖などの報告はすでに国内の添付文書にも記載されています.

薬剤的には非常に優れた製剤ですが,使用にあたっては安全性にも十分に留意する必要があるかと思われます.

 

キノロン系抗菌薬の国内の処方状況(AMR資料)

AMR臨床リファレンスセンターの資料によりますと,

 EU諸国と比較した抗菌薬使用量の比較があります.

 

一番下がJapan(日本)となっております.他国と比べて経口のセファロスポリン系,フルオロキノロン系,マクロライド系が多いとされています.図の右下がキノロン系抗菌薬になります.イタリア,ルーマニアも多いですが,日本もフルオロキノロンの使用量は多い結果となっています.

 

AMR臨床リファレンスセンター

National Action Plan on Antimicrobial Resistance (AMR)2016-2020, April 5, 2016,The Government of Japan

 

 

まとめ

 キノロン系抗菌薬は,DNAジャイレースおよびトポイソメラーゼIVを阻害,DNA合成を直接的に阻害,殺菌的な作用を示します.

緑膿菌などにも抗菌活性があり,呼吸器の病原体にもスペクトルがある非常に有用な薬剤です.

また,経口薬の吸収がよく,内服薬でも優れた効果を示すなくてはならない薬の一つです.

しかしながら,それを上手に使う,という時代になってきていると思います.

 

キノロン系抗菌薬を使わなくても治療ができる疾患があること,

効かないものもあること,そして上記のように,けっして多いわけではないですが,

安全性に配慮して使用しなくてはいけない状況があることは

知っておく必要があると思います.

 

添付文書に下記が追記されました.

 

 「大動脈瘤、大動脈解離を引き起こすことがあるので、観察を十分に行うとと

  もに、腹部、胸部又は背部に痛み等の症状があらわれた場合には直ちに医師

  の診察を受けるよう患者に指導すること。大動脈瘤又は大動脈解離を合併

  している患者、大動脈瘤又は大動脈解離の既往、家族歴若しくはリスク因子

  を有する患者では、必要に応じて画像検査の実施も考慮すること。」

 

・対応を自分なりに理解し,患者さんに当てはめる

・必要性と安全性を分かりやすく説明する

・納得して服用していただく

・副作用の初期症状も説明する

 

優れた薬剤を,今後もより良く未来に残せるように,私たち薬剤師が行うべきことは多いと感じています.いかがでしょうか?