病院薬剤師のブログ

徒然なるままに。少しづつ勉強していきましょう。

ついにコロナウイルスの影響が医薬品にも…

そろそろ影響があるかもしれない薬剤が出てくると,

戦々恐々としておりましたが,

ついに連絡がありました.

 

『トラネキサム酸錠 250mg「YD」』 『トラネキサム酸錠 500mg「YD」』 供給に関するお詫びとお知らせ

医療関係者の皆様へ | 株式会社 陽進堂

 

上記の文章にもありますが,原薬メーカーからの原薬供給量が不十分となり,製剤に影響が生じている,その理由がコロナウイルスとのことです.

 

先日,オルベスコが話題となり出荷制限,ナファモスタットも同様という

報道がございました.

こちらはコロナに有効かも,というところからの買いだめ?需要増によるため,

少し反省しなくてはいけない部分も多いのですが,

今回は原薬の供給量という,深刻な問題なのかもしれません.

f:id:RIQuartette:20200326211701p:plain

下向き

 

今回の対象となっているのは…

トラネキサム酸錠250mg「YD」/トラネキサム酸錠500mg「YD」です.

抗プラスミン剤として,古くから使われている医薬品の一つです.

 

開発の経緯をインタビューフォーム2017年5月改訂(第4版)より抜粋いたします.

 

トラネキサム酸は、プラスミン(線維素溶解酵素)の働きを阻止することにより臨床的に抗出血作用、抗アレルギー作用、抗炎症作用を示す、抗プラスミン剤である。

 

ヨウキサミン錠は株式会社陽進堂が後発医薬品として開発を企画し、規格及び試験方法を設定し、昭和 53 年 12 月に承認を得て、平成 6 年 9 月発売に至った。

平成 19 年 3 月に医療事故防止のための販売名変更品「トラネキサム酸錠 250mg「YD」 」の承認取得後、平成 19 年 6 月の発売を経て、現在に至っている。

 

トラネキサム酸錠(陽進)は後発医薬品として開発が企画され、規格及び試験方法を設定し、昭和55 年 3 月に承認を得て、昭和 62 年 10 月発売に至った。

平成 19 年 2 月に医療事故防止のための販売名変更品「トラネキサム酸錠 500mg「YD」 」の承認取得後、平成 19 年 6 月の発売を経て、現在に至っている。

 

 

名称の変更などもありますが,昭和53年かー,

という印象を持っていたのですが,

これはあくまで陽進堂のインタビューフォームです.

 

第一三共がトランサミンとして発売しておりますので,

そちらの経緯も見てみましょう.

 

トランサミン錠・カプセル・散インタビューフォーム2018 年 2 月改訂(第 11 版)より

 

開発の経緯

1962 年岡本らによって 4-aminomethylcyclohexane-1-carboxylic  acid(AMCHA)はプラスミン(線維素溶解酵素)によるフィブリン(線維素)溶解を阻害することが報告 され、さらに 1964 年それらの 4 種の立体異性体のうちtrans -4-aminomethylcyclohexanecarboxylic acid(一般名:トラネキサム酸、tranexamic acid)に特に強い抗プラスミン活性のあることが報告された。

第一製薬株式会社(現:第一三共株式会社)では、これらの研究に着目し開発を進め、1965 年にトラネキサム酸カプセル、注の承認を得て発売に至った。また翌年以降、錠、細粒、シロップが剤形追加され順次発売された。その後 1977 年 10 月に再評価が終了した。

なお、医療事故防止対策として、「トランサミン錠」「トランサミン G」から「トランサミン錠 250mg」「トランサミン散 50%」に販売名の変更を申請し、2002 年 3 月に承認された。同様に「トランサミンカプセル」「トランサミンシロップ」から「トランサミンカプセル 250mg」「トランサミンシロップ 5%」に販売名の変更を申請し、それぞれ 2008 年 3 月、2008 年 2 月に承認された。

 

 

1965年の発売とのことです.55年前です!

 

歴史を感じる医薬品です.

 

作用部位・作用機序

おさらいしておきましょう.

トランサミン錠・カプセル・散インタビューフォーム2018 年 2 月改訂(第 11 版)がわかりやすいのでお借りします.

 

線維素溶解現象(線溶現象)は生体の生理的ならびに病的状態において、フィブリン分解をはじめ、血管の透過性亢進等に関与し、プラスミンによって惹起される生体反応を含め、種々の出血症状やアレルギー等の発生進展や治癒と関連している。トラネキサム酸は、このプラスミンの働きを阻止し、抗出血・抗アレルギー・抗炎症効果を示す。

 

とあります.大きく3つの作用があります.

 

1)  抗プラスミン作用 

トラネキサム酸は、プラスミンやプラスミノゲンのフィブリンアフィニティー部位であるリジン結合部位(LBS)と強く結合し、プラスミンやプラスミノゲンがフィブリンに結合するのを阻止する。このため、プラスミンによるフィブリン分解は強く抑制される。更に、α2 -マクログロブリン等血漿中アンチプラスミンの存在下では、トラネキサム酸の抗線溶作用は一段と強化される。

 

f:id:RIQuartette:20200326212034p:plain

作用機序

 2)  止血作用   

異常に亢進したプラスミンは、血小板の凝集阻止、凝固因子の分解等を起こすが、軽度の亢進でも、フィブリン分解がまず特異的に起こる。したがって一般の出血の場合、トラネキサム酸は、このフィブリン分解を阻害することによって止血すると考えられる。

 

 

3)  抗アレルギー・抗炎症作用 

トラネキサム酸は、血管透過性の亢進、アレルギーや炎症性病変の原因になっているキニンやその他の活性ペプタイド等のプラスミンによる産生を抑制する(モルモット、ラット)。

 

 

とあります.止血に働く1)2)の作用とともに,3)の作用もユニークですね.

そのため適応も下記になります.

 

効能又は効果/用法及び用量

適応は下記です.

全身性線溶亢進が関与すると考えられる出血傾向(白血病、再生不良性貧血、紫斑病など及び手術中・術後の異常出血)、局所線溶亢進が関与すると考えられる異常出血(肺出血、鼻出血、性器出血、腎出血、前立腺手術中・術後の異常出血)

下記疾患における紅斑・腫脹・そう痒などの症状

  湿疹およびその類症、蕁麻疹、薬疹・中毒疹

下記疾患における咽頭痛・発赤・充血・腫脹などの症状

  扁桃炎、咽喉頭炎

口内炎における口内痛および口内粘膜アフター

 

よく一緒に用いられる止血剤として,

カルバゾクロムスルホン酸ナトリウムがありますが,

こちらは出血に関する適応のみなので,

そう痒などの適応もあるトラネキサム酸はユニークですね.

 

今日の治療指針2020年版を見てみても,

トラネキサム酸はいろいろな疾患に用いられています.

もっとも昔からあるトランサミン錠としての記載になっています.

例として,

 

血友病(von Willebrand病などの遺伝性凝固異常症を含む)

von Willebrand病(VWD)

口腔内出血や鼻出血には下記のいずれかを使用することもある.

 トランサミン錠(250mg) 1回1~2錠 1日3回

 

気管支拡張症

血痰・喀血時

血痰が少量の場合

下記の止血薬を単独あるいは併用で用いる.

 アドナ錠(30mg) 1回1錠 1日3回 毎食後

 トランサミン錠(250mg) 1回1錠 1日3回 毎食後

 

多発性嚢胞腎(常染色体優性多発性嚢胞腎)

嚢胞出血・肉眼的血尿

トラネキサム酸は本症の出血でも保存的治療の一端として推奨される

 トランサミン錠 1日750~2,000mgを3~4回に分服

 

慢性色素性紫斑

 基本は1),2)を単独または併用する.症状が高度であれば1)~3)を併用する.

 1)トランサミン錠(250mg) 1回1錠 1日3回 毎食後

 2)ハイシー顆粒 1回1g(製剤量として) 1日3回 毎食後

 3)アドナ錠(10mg) 1回1錠 1日3回 毎食後

 

難治性の慢性じん麻疹

 トランサミン錠(500mg) 1回1錠 1日3回 毎食後

 

 

かぜ症候群

咽頭痛に対して

下記の1),2)のいずれか,または適宜組み合わせて用いる.咽頭発赤・腫脹・痛みの強い場合は3)を併用する.

 1)SPトローチ 1回0.25mg 1日3~4回

 2)イソジンガーグル液 1回2~4mL 約60mLの水に希釈し,1日数回 含嗽

 3)トランサミンカプセル(250mg) 1回1カプセル 1日3回

 

実臨床でも非常によく用いられている薬剤の一つです.

 

適応外使用として下記の記載もあります.

肝斑:1回750~1,500mg 1日3回.

 

トラネキサム酸製剤の状況

PMDAより,発売されているトラネキサム酸製剤を一覧としてみます.

今回の対象以外にもいくつか発売されています.

古くからある薬剤からか,トラネキサム酸という名前でないものも

いくつかあります.

新しく発売する薬剤はこうはいかないですね.

 

 

f:id:RIQuartette:20200326212702p:plain

トラネキサム酸製剤

過去の記事になりますが,

トランサミン製剤は2018年に一度出荷調整になっています.

溶出規格を満たさない製品が連続で見つかったため,これらの生産を一時停止し,

原因を特定するためとされています.

2018/04/09

トランサミンが出荷調整、解消時期は未定:DI Online

 

2018/04/23

トランサミン供給に関するお詫びとお願い

https://www.medicallibrary-dsc.info/announce/other/pdf-data/2018/1804etch_ts.pdf

 

2019/04/17 

トランサミンカプセル250mg 自主回収のお知らせとお詫び

https://www.medicallibrary-dsc.info/announce/emergency/pdf-data/2019/1904alrt_ts.pdf

 

その後も2019年4月に上記の案内がありましたが,

現時点では供給は問題ない状況のようです.

 

そして今回対象となったYD以外にも,

2019/12に

トラネキサム酸カプセル 250mg「トーワ」の供給に関するお詫びとお知らせ

https://www.jga.gr.jp/library/medical/supply/pdf/119122614640.pdf

 

がでており,トーワ製品も現在は流通が厳しい状況です.

 

自施設の対応は

私たちの施設の対応です.まだ途中ですが.

 

①処方状況を確認する

入院中の方と,外来処方での使用状況,診療科の把握をしました.

外来処方は圧倒的に多いという現状でした.10倍近く違っていました.

 

②在庫数と納入見込みの確認

通常在庫は数週間程度,納入見込みは未定とのことでした.陽進堂さんに確認すると,原薬のストックはあるが,約半分程度の生産になるとのことでした.

 

③供給制限のめどの確認

これはお知らせ文章にありますが,2020年4月-6月までの期間で,7月からは復旧予定とあります.

 

④シェアの確認

細かいことは聞けなかったのですが,

現在では約4割程度のシェアということをお聞きできました.

そうすると,上記トーワのものも供給が滞りつつあるため,

厳しい状況であることが予想されます.

 

どうするべきなのか

上記の確認を行った後,どのようにすべきかを検討しました.

 

まずできることとして,セファゾリンなどの時と同様に,

上記の使用状況を確認,どの診療科で使用されているのかの把握と,

処方の必要性について確認を始めています.

 

どの程度トラネキサム酸が必要なのか,手術後のパスなどに入っていて,

それがあってもなくても変わらないのではないのか,

という確認をすることです.

 

耳鼻咽喉科,産婦人科,腎泌尿器外科,皮膚科などでの使用がされていました.

 

感冒でも処方されることもあります.これもなかなか難しいですが,

現状を理解いただき,処方いただく,というような動きとなっています.

 

決して必要な方への処方を規制することではない,ということを

院内回覧に入れました.

 

上記リストを見ると,なんとなくですが,

後発品を多数扱っているメーカーだけではない,という状況も分かります.

代替品などでお願いできるのは,おそらく難しいでしょう.

数社確認してみましたが,難しい状況でした.

 

トランサミンが唯一供給を保ってくれる可能性もありますが,

買いだめだけはしてはいけない状況です.

 

幸いなことに,今回は7月までの分を何とかすればよいのであって,

約3か月を半分くらいで抑えることができれば,

余分な医薬品の購入をする必要は理論上ないわけです.難しいですけど.

 

さらに,現時点では,注射薬への影響はないようです.

これもまだわかりませんが.

手術後などであれば,注射を投与後,止血が確認できれば,

(念のため)に処方している内服薬を投与しなくてもよいかもしれません.

 

予防的な投与は,非常に判断が難しく,機械的に○×とすることは難しいです.

そして出血が起きなければ,予防の効果があったということになるので,

その処方の際に,考える,という過程が必要になってきます.

 

そしてこれは,医師とともに,病棟薬剤師も関わる必要が出てきます.

 それゆえに,何とかできる余地も残されていると,私は考えています.

 

供給が1/2になると予想される医薬品.

 

このまま何も対策をせず,今の処方を生かして,

なくなったらそこで処方停止,という対応でもよいのかもしれませんが,

私達は,余計な過程が入ることは理解したうえで,

薬剤師としてできる取り組みとすることにしました.

 

少しずつですが,診療科の医師と話し合いながら,

トラネキサム酸の処方の必要性を確認していく,ということです.

 

これには時間もかかりますし,忙しい診察の中での外来処方は,

ある程度ルールを決めないと難しいでしょう.まだ取り組めていません.

 

しかしながら,この薬剤が枯渇してしまった際には,

さらにその対応について,迫られることは容易に理解できます.

なくなったのは,薬剤科の薬剤師が,しっかり働いていないからだ,

ということにもなるでしょう.それは間違っているとも否定できません.

 

なくなるので,代わりのものを探す,ということももちろん必要なことです.

非常にいい方は難しいのですが,

悩みながら,処方の妥当性などを,医師と検討することこそ,必要なことではないかと考えています.

 

ゴールが7月として,それが伸びる可能性もありますし,

そんなことに余計な時間が費やせないということも,分かっています.

 

でも,誰かが,引き金となって,うまく需要と供給を整理していかないと,

いずれ大きな問題に発展しそうな気がしました.

 

私たちの施設では,取り組みは始まったばかりで,

まだそれが正しいことなのかもわかりません.

 

しかし,

 

薬が無くなるー,その分を代替だー,この数を滞りなく今すぐ準備しろー

 

というような思考停止をしたままの行動では,

多くの方に迷惑がかかってしまうと考えました.

 

いつものことですが,とりあえず自施設だけが何とかなればよい,

というのは,医薬品には当てはまりません.

 

その施設の患者さんは,たまたま影響はないかもしれませんが,

それ以外の施設の方には影響してしまうかもしれないことを認識して,

これからの業務にあたっていきたいと思います.

 

今回は,コロナ関連の医薬品供給制限ということで,正直焦りました.

 

そして,これからどのようなことが起こりうるのかも,想像がつきません.

 

中国で製造されている原薬が,2019年はいろいろ問題になりました.

 

日本国内での原薬確保についても動き始めていますが,

日本国内でもどうなるかわかりませんし,

ヨーロッパでの原薬であれば,なおさら,と感じる方も多いでしょう.

 

私たちは,薬を扱う薬剤師として,

いかにトラブルの影響を最小限にし,

避けるための様々な方法を考え,

思考停止とならないような行動をとりつつ,

柔軟に対応することができるか,

ということが求められていると思います.

 

これから,このようなことが起こらないことを,願っています.

 

マンパワーという面では,医療崩壊とならないよう,

現在の日本は踏みとどまっている状況です.

 

私もできる限りの方策を考えながら,

これからも対応していきたいと考えています.