ワルファリンによる出血.下記の報道がありました.
古くからあり,よく知られた薬.なくてはならない薬.
凝固,出血に関する最も有名な医薬品の一つであるワルファリンについて再考してみたいと思います.
処方箋の2倍の薬を販売、患者が脳内出血 甲府の薬局:朝日新聞デジタル
ワルファリンとは
ワルファリンIFに歴史が記載されています.
1943 年K. P. Linkにより合成され、欧米において広く臨床検討されたクマリン系抗凝固薬である。
薬学部に入った時,”クマリン系”という名前で,なんだか癒し系?かわいらしさ?を想像するような薬剤かと思いましたが,そんな生優しい医薬品ではございません.
かつては殺鼠剤として使用されていましたが,その抗凝固作用から,現在まで臨床応用されている医薬品です.
エーザイのワーファリン錠1mgは1962年から発売されている,由緒ある医薬品です.この医薬品で多くの方が救われています.
静脈由来の血栓の予防,治療にはなくてはならない医薬品で,凝固能(PT-INR)を測定しながら用量を決定しています.
静脈血栓のほか,心臓の機械弁術後の抗凝固療法として用いられており,なくてはならない医薬品の一つです.
近年DOACが発売され,出血などのコントロールのしやすさなどから使用量は減少しているようですが,薬価の面や上記心臓の機械弁の弁置換後では,必要な薬剤となっています.
ワルファリンの作用部位と機序
とても分かりやすい図と文章がワーファリンIFにありましたのでお借りしました.
ビタミンK依存性血液凝固因子の生合成におけるビタミンKサイクルに対するワルファリンの作用部位
・ワルファリンは,ビタミンKの作用に拮抗し肝臓におけるビタミンK依存性血液凝固因子(プロトロンビン、第Ⅶ、第Ⅸ及び第Ⅹ因子)の生合成を抑制して抗凝固効果及び抗血栓効果を発揮
・ワルファリン投与によって血中に遊離するPIVKA(Protein induced by Vitamin K absence or antagonist:プロトロンビン前駆体)が増加することにより,抗凝固作用及び血栓形成抑制作用を発揮
参考;ワーファリンIF 2019 年 1 月改訂(改訂第 23 版)
作用機序はにくなっとー(2,9,7,10)と学生の時から覚えていますが,この覚え方している人結構多いのではないでしょうか.
肝臓におけるビタミンK依存性血液凝固因子の生合成を抑制するため,服用してもすぐに効果が出ないため,ヘパリンの併用が導入時には行われています.
過去の添付文書では…
現在(2019年6月)では,添付文書が改訂されていますが,2011年に改訂されるまで,このような用法で用いられたことを見たことはなかったのですが,添付文書には下記の用法がありました.
過去の用法を一部抜粋
投与法は,ワルファリンカリウムとして,成人初回20-40mgを経口投与し,1両日休薬して凝固能が治療域に入ったのを確認して1~5mg程度の維持量を毎日1回経口投与し,数日間をかけて治療域に入れ,以後維持量を経口投与する方法とがある.
この用法は,ヘパリンを用いない,内服だけの用法として想定されていたようですが,初めてみたときは結構びっくりしました.
現在では使用実態が乖離していたことから,過量投与なども考慮して用法用量が見直されたとなっています.
私も入職した時は,先輩方に,
ワルファリン→用量と共にPTINR確認,
という図式を叩き込まれたため,調剤業務でも必ず確認していました.
そして添付文書の用法用量は参考としないことも教え込まれていました.
今見てもけっこうスゴイ記載だったんだと感じます.肝臓での代謝の影響などから,5mg以上の維持量を服用されている方もいました.
入院中の導入は,心臓の機械弁の置換をした方で,アミオダロンを併用したり,感染でリファンピシンを併用することになったりと,PTINRのコントロールに難渋することも多かったため,検査の重要性,出血のモニタリングの重要性を感じました.
出血と梗塞は紙一重で,まさしくその匙加減が命に直結している薬です.その重要性を十分に学ぶことができました.
ちなみに,当施設で,プロトコールなるものが始まりかけた際に,ワルファリン処方時のINRについて検討したことがありました.
個人差が多いのと,なかなか難しかったのでうまくいかないこともあったのですが,
それよりなにより,朝採血して,結果(PTINR)を確認した時には,
すでに朝食のワルファリンが服用されていて...ということが何度かありました.
細かくコントロールをしたくて,医師が指示を変えようと思うと,
『明日からでいいですか,もう飲んでしまったので』
といった相談も受けました.
服用を昼にしてもらい,コントロールが当日からできるように医師と相談した思い出があります.
さて,今回の報道は・・・
概要は下記です.
・ワーファリン服用中の患者さんが脳内出血を起こした
・投薬量が多いことに医師が気づき,薬局に指摘して判明
・処方箋にワーファリン0.75mgと記載されていたのに,薬局事務員が1.5mgとパソコンに誤入力
・薬剤師が印字された数値をもとに調剤,処方箋との違いに気づかなかった
色々問題がある内容です.
個人的に気になった点です.
①投与量が多いことに医師が気付き
今回は調剤過誤からきている事ですが,薬剤師が気付く前に医師が気付く,というところは大きいと思います.
調剤後に薬局の在庫などを確認する,などでこうなる前に何とか見つけ出せなかったのは非常に残念です.
②薬局事務員が誤入力
これは,今は致し方ない問題なのでしょうか.
電子処方せんなどで,人が新たに入力する方法を避ける方法を考えていく必要があると思います.
これは仕方ないという事で片づけてしまうのは,もう時代の流れを考えると,問題ですね.現時点ではそれを責めることはできないと思います.
③薬剤師が印字された数値をもとに調剤,処方箋との違いに気づかなかった
今回の一番の問題はここでしょうか.
印字されたものは処方せんではないわけで,これを怠った,もしくは気づかなかったのは責任が大きいでしょう.
そして今後の対応をどうするか,どのようにしたら同じことが起こらないようになるか,という事が最も大切かと思います.そしてこれはどの施設も同様の問題を抱えています.
具体的には,
0.5mg錠を1.5錠のところを,1mg錠で1.5錠
もしくは
1mg錠を0.75錠のところを2mg錠で0.75錠
となる調剤かと思います.
ワルファリン錠0.5mg,1mg,2mgの残数を毎日調剤ごとに確認するのは難しいかもしれません.
他に方法はあるでしょうか?処方せんを確認する,という事を徹底することも必要でしょう.
少なくともこのようなハイリスクとなる医薬品については,その重要性が知られているわけです.これが他の薬であったら,また別な結果となっていたでしょう.
そしてワルファリンを0.75mg~1.5mg/日でコントロールしている状況,その慎重なコントロールが求められていることを,強く認識しなければ,こういったことは防げないかもしれません.
今回の報道は,薬剤師としてもとても残念な報道でした.
患者さんの事も,薬剤師の事も.防げる要因がいくつかあったのではなかったか,と感じてしまいます.そしてこれは決して他人ごとではない状況です.
ワーファリン0.5mg,1mg錠は半分に割れる割線がついています.
ワーファリン(製造販売元/エーザイ株式会社)であれば,0.5mg錠(淡黄色)と1mg錠(白色)は色が異なっています.
半錠(1.5錠)などでは色も異なっているので,患者さんでも,継続の処方であれば,色の違いなどに気づけた可能性はあります(もちろんこれは期待してはいけない事です).説明の際にも半分などにしているわけで,色の確認は行うと思います.
0.75錠は,実際は粉砕調剤になることが多いと思いますが,こうなると遮光などを行ったりする場合は外観での判別は難しいでしょう.
そして上記以外のワルファリン製剤は色がついていないメーカーもありますので,色だけで防止するのも難しいでしょう.
ただ,こういったことは,ある程度薬剤ごとで統一していただけることを望みます.
血栓を抑える薬剤は,同時に出血を助長してしまうという事実は,薬学を修めた方,学んでいる方には当然の事でしょう.まさしく諸刃の剣である薬剤です.
それ故医師は,様々な身体の状況や検査などを行いながら,慎重に処方している医薬品の一つになります.
実際用量をカンファレンスで決めるときにも,内科医は本当にいろいろなことを考えて用量調節を行っていることを身近に感じました.
それがこのような形になってしまったことはとても残念で,今後起こしてはいけない事例です.
様々なことがしっかり情報開示され,何が問題で,今後は対策として何が必要なのかを検討いただければと思います.
ワルファリンに関するヒヤリハットの情報
医療安全の推進のために,日本医療機能評価機構が行っている事例検索でワルファリンを調べてみると,2010年1月から2018年9月までの間に報告された医療事故,ヒヤリハットは84件が検索されました.
多いととらえるのか,少ないととらえるのか.
少なくはないでしょう.全体の処方量などから考えれば,少ないのかもしれませんが.
医療安全情報No.51(2011年2月)では,下記の報告もあります.
http://www.med-safe.jp/pdf/med-safe_51.pdf
ワルファリンカリウムの内服状況や凝固機能の把握不足による出血
公益財団法人日本医療機能評価機構|医療事故情報収集等事業:医療安全情報
ワルファリンカリウムを使用していた患者の内服状況や,凝固機能を把握しないまま観血的処置を行い,予期せぬ出血を来たした事例が報告されています.
これが出た当時,富士製薬からアレファリン錠という薬剤が発売されていて,ワルファリンと結びつきにくい名前であることから,当施設でも入院した際に気づかれておらず,手術延期などの話になりかけた経験があります.
その後中止されて現在は発売されておりませんが,やはりこのような薬剤は,誰が見ても,ワルファリンとして認識できるような薬剤名にすべき,と強く感じた事を覚えています.
アスピリンなども同様でしょうか.
当施設でも最近話題になるのが,タケルダ配合錠(アスピリン・ランソプラゾール配合剤)です.
武田薬品さんの“タケ”が入っているのですが,同様のイメージの強いタケプロンがあり,どうもタケルダ配合錠が間違われたイメージとなりやすいのです.
タケプロンを処方しようとしてタケルダを処方した,という事例も起こっているので,当施設では採用を取りやめました.
ちなみにタケルダ配合錠の名称の由来は,
TAKEPRON+LDA(Low Dose Aspirin:低用量アスピリン)
という由来のようです.
知らんがな.
と知人が言っておりました.
そうです,知らないのです.
タケルダの名前の由来,LDAの部分が,Low Dose Aspirinと即答できる医療従事者は少ないでしょう.
新人さんも含め,そんなの知らんがな,という人の方が圧倒的に多いでしょう.
少し話がずれましたが,医薬品の名前,印象というものは非常に大切,という事をお伝えしたかったのです.
ワルファリンに関するその他の情報
当施設でも,過去ワルファリンの錠数が多くなってきて,その服用アドヒアランスを軽減するために,5mgの採用を行うなど対応しました.
しかしながら,他施設で0.5mgと5mgの間違いがあったりと,あまり良くない情報もお聞きしたので,現在は採用を取りやめています.
どうしても,といった方に処方という形にしてもらっています.何かあった時の影響が,0.5mgと5mgでは大きすぎるためです.
そしてその他に,ワルファリンの錠数を減らせる,ということでワルファリンにブコロームを併用し,処方している先生もいました.
今はほとんどいないかと思いますが,当時は処方があることもあり,とりわけコントロールが良好であれば問題なかったのですが,東日本震災の際に,ブコロームが供給制限となり,その対応に迫られたことを覚えています.
そしてその時のワルファリンとブコロームの併用処方が結構あって,その変更などの資料作成に追われたのを思い出しました.
根拠がなかなか見つけられない中,下記の論文と換算式などから,処方医に概算の換算対応表を作成,目立った出血や梗塞などを起こさず,変更できたことを思い出しました.
Wf;ワルファリン
2.20×Wf 1日投与量(パラミヂン併用時)+0.51 =Wf 1日投与量(単独)
ワルファリンカリウムとブコローム併用による抗凝固作用の薬学的検討,濱田篤秀,医療薬学,34,2008
その際も,震災直後という事もありましたが,この変更によって,
今安定している方の薬剤変更をして,何かあったらどうしよう,という何とも言えないプレッシャーに悩みました.
誰のせいでもない,しかしワルファリンの調整で問題が起こった時は,重篤な副作用があることを知っている分,とても怖かったのを覚えています.
今はほとんど行われていないでしょうし,単独の方がコントロールはしやすいでしょう.
そしてなぜだかよく分かりませんが,PTINRが10を超えた方が連続して入院されたこともありました.
高齢者が多かったことから,下記論文を参考に,抗生物質やアゾール系抗真菌薬の使用についての注意などを行いました.
相互作用だけでは説明できない症例ばかりでしたが,幸い重篤な出血を来さず対応できたのが不幸中の幸いでした.血圧管理なども行っていた結果もあったかと思います.
Am J Med. 2012 Feb;125(2):183-9.
Concurrent use of warfarin and antibiotics and the risk of bleeding in older adults.
PMID: 22269622
ワルファリンの出血頻度は
ワルファリンの服用における大出血というのは,残念ながら0にするのはとても難しい状況かと考えられます.
下記の論文では,RCT,観察研究の47を調査し,RCTで61,563人・年,観察研究で484,241人・年という調査から,大出血は100人・年あたり約2人とされています.これはかなりリアルな数字でしょう.
様々なモニタリングをすることで,今の医療はここまでコントロールできているという事になります.そしてこれを極力0に近づけるような努力を惜しまない,ここに尽きるのではないでしょうか.
Europace. 2013 Jun;15(6):787-97.
Major bleeding in patients with atrial fibrillation receiving vitamin K antagonists: a systematic review of randomized and observational studies.
PMID: 23407628
本邦でも,2017年より,血漿分画製剤に分類されますが,静注用人プロトロンビン複合体製剤としてケイセントラ静注用が承認されました.
これまでは薬剤がなかったため,人命救助の観点から凍結血漿やビタミンKの点滴が行われていましたが,この薬剤を投与できるようになりました.
迅速な凝固能回復と止血効果を示すとされていますが,どこの施設でも準備できるわけでもなく,安い薬剤ではありませんし,血漿分画製剤の説明も必要です.
このような薬剤もあることをしっかり知っておくことと同時に,やはりしっかりとしたコントロールに,少しでも寄与できるような薬剤師になりたいものです.
納豆ダメ???
最後になりますが,ワルファリンと納豆についてのお話しをよく聞かれました.
納豆はダメ,という事を毎回言い続けることで,納豆好きの患者さんの,
治療に対するアドヒアランスを心配している主治医とお話しする機会がありました.
患者さんは,栄養士,看護師,薬剤師,皆から納豆ダメと言われる,と.
怖くて甘納豆も避けたこともあったと.
生きていて何が楽しいかなんて本人が思う事なのではないかと.
私は悩みました.出血,梗塞に関連するこの薬剤を服用しているときは,納豆を食べてよいです,というような言葉を伝えることはできませんでした.
その主治医は,色々と悩んだ結果,ご家族なども含め,一つの提案をしました.
納豆がそれほどまでに好きだという事を理解していなかったという事,患者さんの治療にとって何が一番大切だったのか.
『一口,食べてみてもいいんじゃないかな,ただし,嘘はつかないでほしい.検査前だけやめるとか.それを約束できれば.』
これは入院中の方で,実際その際に立ち会いました.薬剤師も立ち会ってほしい,共有してほしいと依頼されたためです.
急性期の病院で,このような話をするのはおかしいかもしれません.
しっかりした治療のために,納豆を諦めていただくのが正しい医療者だったのかもしれません.
しかしそれは,あくまで医療者側の押し付けなのかもしれません.
その時の患者さんの顔は忘れませんし,その時の主治医の判断も尊敬します.
それを上手にフォローしていくのが,薬剤師の務めであろうと認識した瞬間でした.
たかが納豆,されど納豆.
その後,特に目立った出血や梗塞もなく,その方は経過しました.
その後外来でも何回かお話しをする機会がありましたが,なんか思いが吹っ切れたとお話しされていました.
そして治療を人任せにしないで,自らしっかり治療を行おう,という気持ちになれた,と.
そして,このようなことを若い方にも,勉強のために,患者の思いという事も含めて,上手に伝えてほしいと,お話しいただきました.
今回の記事はもちろんモディファイしてありますが,どのように感じますでしょうか.
もうずいぶん前のお話しですが,適切な薬物治療を推奨する,実行するのは私たちの役目ですが,薬の治療だけが全てではないという事も学びました.
少し話がずれましたが,私は何のために仕事をしているのか,自分に改めて問うようになりました.
今回の出血に関する事も,対岸の火事ではなく,このような事例を含め,何をするべきなのか,自ら再度考えることが必要なのではないかと思っています.
ワルファリンは先人達が発見してくれた素晴らしい薬剤です.
薬価も安く,弁膜症の機械弁置換後,静脈血栓予防,治療にはなくてはならない薬剤です.
薬剤師として知らない人はいない医薬品.
諸刃の剣のイメージがありますが,主治医の意図を汲みながら,患者さんの気持ちに寄り添い,上手に服薬できるようなサポートをできるように,あり続けたいです.