病院薬剤師のブログ

徒然なるままに。少しづつ勉強していきましょう。

絶対に欠品してはいけない医薬品,その理由.①メソトレキセート点滴静注液

病院で治療する医薬品の中でも,欠品や出荷調整などで,薬剤の供給が滞ることが許されない医薬品があります.

今回は,残念ながら,そのような状況が起こってしまいました.規格がいくつかありますが,今回は高用量製剤が対象となっています.

 

メソトレキセート点滴静注液です.

PfizerPRO | 医療関係者のための情報サイト

 

ファイザー 抗がん剤・メソトレキセート点滴静注液1000mgを一時出荷保留に | 国内ニュース | ニュース | ミクスOnline

 

 

f:id:RIQuartette:20190301230502j:plain

不足

 

 

メソトレキセート点滴静注液とは

 

メトトレキサート(Methotrexate)は,古くからある代表的な代謝拮抗薬の一つです.

 

メソトレキセート点滴静注液インタビューフォーム 2018年12月改訂(第18版)より,高用量製剤開発の経緯は下記です.

 

高用量製剤開発の経緯

・1947 年に合成されたアミノプテリンが,小児白血病に対し有効であることが報告された.その中でより優れていたものがメトトレキサート

・1958 年,悪性絨毛上皮腫に対しても臨床上の効果があることが確認

・メトトレキサートと抗葉酸代謝拮抗剤であるロイコボリンを組み合わせたメトトレキサート・ロイコボリン救援療法が開発され,肉腫,悪性リンパ腫にも有用性が認められた

・メトトレキサート・ロイコボリン救援療法に専用の高容量製剤として承認

 

 

既に半世紀前から使用されている,抗がん剤の中でも最も有名な医薬品の一つです.ロイコボリンとの併用で更なる治療効果が認められている医薬品です.

 

作用機序,特性など

・腫瘍細胞において、核酸合成等に必須な酵素である dihydrofolate reductase(DHFR)の活性を抑制し、還元型葉酸を枯渇させる作用を有する葉酸代謝拮抗剤

ロイコボリンは生体細胞内に存在している還元型葉酸.メトトレキサートの作用により枯渇している還元型葉酸を補充する作用を持つ.その結果,抑制されていた細胞増殖を正常に戻す効果,メトトレキサートの作用を消去する作用を持っている

・メトトレキサート・ロイコボリン救援療法は,メトトレキサートとロイコボリンの特徴を最大限利用することにより,これまで低用量のメトトレキサート投与では効果のみられなかった腫瘍に対しても,高用量のメトトレキサートを投与することにより高い抗腫瘍効果を得,かつロイコボリン投与により正常細胞を救援する療法として完成された

 

・メトトレキサート・ロイコボリン救援療法は,本邦で 1984 年 2 月 15 日に承認を取得

 

作用機序などを含め,薬剤師は必ず学ぶ,基本的な医薬品の一つです.

 

ちなみに,よく若い医師や学生さんから

学生としては一般名;メトレキサートとして覚えるのですが,なぜ商品名はメトレキセートなのですか?

微妙に変える理由はありますか?などと聞かれます.

 

私は知りません.ただ,IFには,名称の由来;一般名の英語読みを商品名とした

とあるので,そのまま伝えています.

ふーん,以外のリアクションをもらったことがないですが.

 

なぜ変える必要が,とかんじます.

 

ファリン(一般名),ワファリン(商品名)も読み方の問題で同じような感じかな?と思ってみてみると,

ワーファリンインタビューフォーム 2019年1月改訂(第23版)

名称の由来;特許所有権者Wisconsin Alumni Research Foundationの頭文字とCoumarinのarinをとり、Warfarinと命名された。

 

とあるので,こちらもそれっぽい理由があるようですが,あまり変わらないような気がします.

いっそのこと同じでいいのでは,と日々感じています.間違い探しみたいですし.

昔は同じにできなかったのでしょうか?

 

少し話がずれましたが,メトトレキサートは古くからありますが,ロイコボリンとの併用で,大量療法がおこなえることになった薬剤,ということになります.

今回は高用量のお話しですが,低用量で,リウマトレックスカプセル2mgとしても発売され,関節リウマチの基本的な治療薬として,現在も治療の中心の薬剤となっています.

古くからある医薬品で,最も有名で,なおかつ未だ治療の中心となっている,なくなってはいけない医薬品の一つと言えるでしょう.

 

 

今回の出荷調整における問題点

上記ファイザー株式会社からの出荷調整の案内,気になる部分は,

 

再評価が必要になり,その再評価結果が得られるまでは,出荷を保留する要請があった

という部分です.

 

出荷調整は様々な理由があります.その理由には,薬剤を安全に,適正に供給いただくために必要なもの,として医療従事者はとらえていると思います.

 

今回は,上記の通り,海外で製品を製造,製造工程に関する再評価とありますが,企業秘密なのかそれ以上の理由は不明です.

 

その再評価がいつ行われるかも,分からないような状況で,出荷調整をする,そして薬の安定供給ができなくなる,という話になっています.

 

この情報をもらった時,得体のしれない恐ろしさと無力感に包まれました.

 

この薬剤の重要性と,代替薬がないという事,治療に影響が非常に大きいことに対して,現実に突き付けられた事実に対して,あまりに自分のできることがなかったからです.

 

大量メソトレキセート療法がもつ重み

この治療が中心となる疾患が,急性リンパ性白血病になります.他にも用いられる場合もありますが,こちらの治療の中で,大量メソトレキセート療法がおこなわれます.

 

急性リンパ性白血病は,小児での治療例も多く,下記の論文にB前駆細胞型急性リンパ性白血病治療を中心とした報告がなされています.

 

・小児急性リンパ性白血病(ALL)は本邦で年間約600例が発症

・国内で専門のグループによる他施設共同治療研究が施行されている

・リスク因子に基づき層別化され,治療が行われている

・治療は,寛解導入相,中枢神経系白血病予防相,中間維持療法相,再寛解導入相,連続維持療法相からなる

・ALLの遺伝子型で治療法が選択され,SR群ではMTX(メソトレキセート)が1-2g/m2,HR群では5g/m2といった高用量が必要となる

・ロイコボリンによる救済のタイミングが重要

 

 

参考;B前駆細胞型急性リンパ性白血病の治療,渡辺 新,日本小児血液学会雑誌,22(4)259-266(2008.08)

 

このように,小児での急性リンパ性白血病の治療には必要な医薬品となります.

 

欠品が許されない理由

上記の通り,成人だけではなく,小児の治療に必要な医薬品であることは,お分かりいただけると思います.これだけでも欠品をすることが許されない医薬品ということになります.

 

実際,どのような治療がなされているのでしょうか.

下記,日本成人白血病治療共同研究グループによる治療レジメン,概要などを見ることができます.ただし,禁止事項がありますし,専門家のための資料でもあるので,今回はリンク等は避けます.

 

Japanese Pediatric Leukemia/Lymphoma Study Group(JPLSG)

日本小児白血病リンパ腫研究グループALL委員会

Japan Adult Leukemia Study Group(JALSG) 日本成人白血病治療共同研究グループの資料です.

 

この資料は,Wordファイル,全176ページにも及ぶ資料になります.

 

今までの小児血液疾患の治療に携わられた先生方の治療経験が,隅々までわかる,治療をするための専門家のための資料です.

 

固形癌と異なり,白血病の治療は,薬剤への反応などにもよりますが,治療が寛解療法,強化療法といった,上記のような治療方法となるため,一度開始をした治療は,完遂を目指して治療が流れていきます.

 

その際にも,様々な確認事項,そして副作用対策などを含めたことが記載されています.

 

シェーマと呼ばれる全体の流れが書かれているのですが,その中の治療のひとつに,今回の大量メソトレキセート療法が組み込まれています.

 

治療は長期にわたり,その中の一つとして大量メソトレキセート療法がある以上,その時期に必要な薬剤を投与することが前提で,治療が進行してきます.

 

ですので,その薬剤が欠品,治療ができない,という事は絶対あってはならないのです.

 

仮に,今回の大量メソトレキセート療法が施行できないとしましょう.

そのできない期間に,何の薬剤を投与すればよいのかという根拠はありません.想定もされていないと思います.

そしてその治療を飛ばして次の治療に進んでよいのか,そしてその後,薬剤が流通し,投与可能になったら投与すべきなのか,ということは不明です.

 

治療の際に,副作用などが起こります.そういった場合の減量など,医師が判断する減量やスキップなどの治療は行われますが,薬剤が足りない,という理由で減量,スキップするということは,最も避けなくてはいけないのです.

 

大人だから,子供だから,ということは,関係ありません.しかしながら,未来ある子供たちが,とても苦しいであろう治療と向かい合って,頑張っている.

この事実を知り,助けの手を差し伸べない人はいないでしょう.

 

そして子供の回復力,というべきでしょうか,成人にはない子供の生命力は本当に素晴らしいです.

成人では考えられないような大量(もちろん根拠に基づく量です)の薬物療法に耐えられ,治療が進んでいく子供たちを何人も見ています.

子供の治療には,言葉ではうまく言い表せないのですが,無限の未来というか,生命力を感じることがあります.それを絶ってはいけないと強く感じています.

 

このように,代替のない医薬品,それを欠品するということは,なんとしても避けなければならないのです.そしてこれは,医療従事者の務めであり,製薬会社の責務だと,私は考えています.

 

最後に,この内容を書いているときに,連絡がありました.再評価が2019/3/4の週に行われるとの事です.

 

これは非常にありがたい情報です.

 

その結果,その薬剤の評価がどうなるかはわかりませんが,

安全が確認された医薬品が,滞りなく,治療に影響のないように流通すること,この薬剤が必要とされている方すべてに,この薬剤が届くことを切に願っています.

 

嬉しい報告が…

2019/05/31追記

PfizerPRO | 医療関係者のための情報サイト

2019年5月に入って,アメリカ向けの薬剤(オーストラリア製造)の,国内への流通の手筈が整いつつあると,報告いただきました.

 

当施設でもこの間,大量メソトレキセートの患者さんを医師と確認しながら,

薬剤をその患者さん用に取り置きし,限定としながら準備してきました.

 

予定を細かく確認するのは非常に大変でしたが,

その間の近隣の施設などへの影響を考慮し,

使用予定の方に限っての在庫とし,なるべく過剰在庫にならないよう,

業務担当者と連携しながら対応しました.

 

少し明るい情報が来ていた5月末,さらにドイツの製造所で,

製造が開始されたとの報告がありました.

 

まだ完全に供給が回復したわけではないので,

出荷調整が継続していますが,かなり明るい報告だったと思います.

 

本ブログにも書きましたが,

 

この薬剤は,治療の中核を担う,欠品されることが許されない医薬品の一つです.

 

何とか私たちの施設では,薬剤の供給制限で,

治療を延期,中断する方が出ずに,ここまで対応しきれています.

様々な方にご尽力いただいた結果です.

 

今後このまま進めば,この薬剤の供給制限は,解除される方向に進むでしょう.

 

まだ安心はできませんし,目途が立ったとは言いすぎかもしれませんが,

先が見えてきた気がします.

この薬剤の必要性,そして欠品することの恐怖.

無くしてはいけない薬剤であることには変わりありません.

 

2019年5月31日現在,このほかにもまだ供給制限されている薬剤があります.

抗がん剤もありますし,抗菌薬もあります.

 

医薬品は患者さんが必ずその先にあります.

このような大切な医薬品が,今後も供給が滞らないことを願っています.