病院薬剤師のブログ

徒然なるままに。少しづつ勉強していきましょう。

困った!テトラミド錠10mgを自主回収・出荷停止の対応

2020/2/17に,MSDより,「テトラミド®錠10mg」の自主回収・出荷停止「テトラミド®錠30mg」の出荷調整のご案内をいただきました.

http:// https://www.msdconnect.jp/static/mcijapan/images/package_2020_0217_tetramide_tab.pdf

「えー,またM〇D!?」  「代替ないんじゃないのー?」

などと当施設でも混乱気味です.

 

ミクスにもあります.

MSD 四環系抗うつ薬・テトラミド錠10mgを自主回収・出荷停止 30mgは出荷調整へ | ニュース | ミクスOnline

 

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欠品

 


 

テトラミド錠の特徴など

今回の対象となる,テトラミド錠.どのような特徴がある薬剤なのでしょうか.

 

テトラミド錠インタビューフォーム(2019 年 1 月改訂(改訂第 12版))より抜粋になります.

 

・ミアンセリン塩酸塩は 1966 年にオランダのオルガノン社(現 Merck Sharp & Dohme Corp., a subsidiary of Merck & Co., Inc., Whitehouse Station, N.J.,U.S.A. )で開発された piperazino azepine 系に属する四環化合物

・アミトリプチリン塩酸塩に匹敵する著明な抗うつ作用を有する

・分割投与法と1日 1 回投与法が承認され,広く適用されている

・副作用の中で最も多く報告されている眠気が夕食後又は就寝前の1 回投与で軽減,有用性を高める可能性がある等の理由から,1 日 1 回投与法も開発された

 

 

1966年に開発,時代を感じますね.

副作用の眠気があることから,抗うつ薬として服用するとともに,眠気を利用して不眠に使用されているケースも多いと思います.

今更ですが,薬の発売の経緯などを知ることは重要ですね.

 

製品の治療学的・製剤学的特性としても同様に記載があります.

薬学出身であっても,作用機序を正しく言える方の方が少ないかもしれません.

 

・神経シナプス前α 2 アドレナリン自己受容体を阻害し、シナプス間隙へのノルアドレナリンの放出を促進(

抗コリン作用は極めて弱い

・三環系抗うつ剤と同等の抗うつ効果を有し、特にうつ病、うつ状態に伴う不安、焦燥、不眠等の症状に改善効果が期待できる

・抗うつ効果は比較的速くあらわれる

・分割投与法の他に夕食後ないし就寝前の 1 日 1 回投与も可能

  

強力な三環系抗うつ剤と同等の効果,そして何より抗コリン作用が弱い,

という点が特徴です.

 

高齢者にとっての抗コリン作用は,非常に管理が難しいという経験を

お持ちの方も多いでしょう.

眠気も出ますが,それを就寝前の1回服用とすることで

メリットとしてもとらえられる,

薬剤としては非常に優れた薬剤の一つと言えるでしょう.

 

10mgの回収の理由

MSDの案内文,PMDAの回収情報によりますと

回収概要

 

・安定性モニタリングにおいて、2 つの製造番号の製品の溶出性が承認規格に適合しない結果が得られた

・流通しているその他の製造番号の製品においても,溶出性が承認規格に適合しない可能性を完全には否定できないことから自主回収,今後の出荷を停止

 

 対応としては間違っていないと思います.

回収のレベルはクラスIIです.

溶出性となると,製剤的な問題になってくるかと考えられます.

 

クラスII の分類はコチラです

 

クラスIIとは、その製品の使用等が、一時的な若しくは医学的に治癒可能な健康被害の原因となる可能性がある状況又はその製品の使用等による重篤な健康被害のおそれはまず考えられない状況をいう。

  

10mgを服用していた場合どうなるのか

これは最も気になる部分で,

慎重にお伝えしなくてはいけない部分かと思います.

薬効から,どうしても不安になる方も多いと思います.

 

こちらもPMDA内の資料に記載があります.

 

危溶出性が規格を満たさない製品を服用した場合、溶出性が遅くなることにより吸収の遅れが生じ、効果発現が遅延する可能性を否定できないと考えておりますが、当該製品の使用により重篤な健康被害のおそれはまずないと考えております。

なお、現在までに、本件に起因すると考えられる重大な健康被害発生の報告は受けておりません。

 

 今回は溶出性だけの問題のため,遅延することによる重篤な問題は

ないのではないかという判断です.

ひとまず安心ですね.

服用後の最も血中濃度が高くなる時間(T max) は2時間,

半減期は18時間とされています.

IF内の資料になりますが,

同量を分割投与,1日1回投与として服用した際の,

定常状態の血中濃度もほぼ同等とされています.

 

ここら辺の数字を見ても,今回の溶出遅延により

薬効が大きく変化するということは考えにくそうです.

 

実際服用している方の不安をあおらないよう,

回収に関しては慎重な対応が望まれます.

 

薬を服用しているかたの心配を

少しでも軽減できるような説明を,

薬剤師は行う必要があると思います.

 

テトラミド10mgの自主回収はなぜ問題になるのか

さて,こちらからは,現場の意見も含めての意見となります.

MSD,第一三共の皆様,よーくご理解ください.

私も困っています.

 

①テトラミドは,テトラミドしかない

後発品が存在しないのです・・・.なんてこった.発売しておくれー

 

②10mgの代わりに30mgにするの???

10mgを服用しているかたは,

30mgを粉砕して10mg分として

量りとって調剤することになります.

調剤も大変なうえに,患者さんも飲みづらくなります.

 

③同効薬への変更,難しい

難しいです.

 

これだけの条件が,

現場の頭を悩ませることになる原因となっています.

欠品なんてしてほしくない薬剤です.

そして冒頭にもあるように,テトラミド30mgは出荷調整で,

既に割り当てになっています(いつも使っている施設に供給するため…)

 

そして私たちの施設はモチロン10mgのみの採用.

 

ひゃー,誰か助けてー

(心の叫び)

 

すみません,取り乱しました…

 

それだけこの薬剤は大切な薬剤,ということになります.

 

当施設ではどのような対応を行ったのか

お役に立てるわけではないですが,参考になればと.

解決はしていないのですけども.

 

溶出性が承認規格に適合しない,クラスⅡの回収.

それをわかっていて処方していただくことはできません.

①まず行ったこと

速やかに電子カルテの処方停止の対応を行いました.

ここまではだれでもできます.ここから困りました…

 

②重篤な健康被害の恐れはまずないので・・・

今後の新規処方の対応としての検討となりました.

患者さんから,回収対象製品の返却申し出があった場合には,

受取り,特約店に渡すことも求めている,とあるように,

すでに処方されている方への連絡というのも難しいですが.

  

③代替薬などを検討する

適応がうつ病・うつ状態となっています.

処方には専門知識が必要な疾患です.

当施設は精神神経科の入院施設はないのですが,

非常勤の精神神経科の先生と相談しながら,

継続の際にはコンサルトをいただくとして,

抗うつ薬の等価換算の資料を参考に,自施設の資料を作成致しました.

 

日本精神科評価尺度研究会が提示されている,

向精神薬の等価換算2017年度版を参考にさせていただきました.

下記がリンクです.

等価換算表を利用する際の留意点|向精神薬の等価換算 2017年版

 

稲垣先生を中心とした先生方の資料で,

いくつかの文献でもその有用性が高く評価されています.

 

稲垣先生ありがとうございます!

(心の叫び)

 

等価換算表を利用する際の留意点もありますので,

その内容を紹介しながら,診療の一助となるような形としました.

 

④処方状況を確認する

電子カルテシステムで使用状況を確認しながら,

主治医と情報共有します.

上記の内容を院内の薬剤部ニュースとして回覧,

現状を確認することになります.

 

当施設でも,入院中,外来の処方でも

服用されている方がいらっしゃいました.

 

精神神経科の処方ばかりではなく,

主治医と確認していくと,不眠やせん妄などの使用もありました.

テトラミドでなくてもよい可能性もありました.

 

テトラミドのせん妄,不眠に関する情報

 

当施設でもこの目的での処方がありました.

国内でもいくつかその有用性についての報告があります.

ご存じの方も多いでしょう.

 

・総睡眠時間の延長,stage2のノンレム睡眠の増加,睡眠効率の増加,中途覚醒時間の短縮,レム睡眠潜時の短縮がみられ,主観的な睡眠感が改善することも報告されている

高江洲義和,鎮静系抗うつ薬,ねむりとマネージメント,Vol.4(1)2017

 

・米国では不眠症治療薬として,トラゾドン,アミトリプチリン,ミルタザピンといった鎮静系抗うつ薬がしばしば用いられてきた

・ヒスタミン受容体(H1),アドレナリン受容体(α1/α2),セロトニン受容体(5-HT2A/2C)の遮断作用が睡眠促進に有用であると考えられている

・わが国では古くよりミアンセリンを中心とした鎮静系抗うつ薬がせん妄に対して使用されてきた歴史があり,それを支持する報告もあるが,国際的にはあまり一般的ではないことには留意すべき

 

松井健太郎,ICUでの「睡眠」を考える,lCUとCCU,Vol.42(7)2018

 

・ミアンセリンのせん妄に対する有効性は多数報告あり

・覚醒困難以外の重篤な副作用はなく,高齢者に対して比較的安全に投与ができる

・覚醒困難に対してはミアンセリンよりも半減期の短いトラゾドンへの切り替えも有効

 

松原 洋一郎, 小松 弘幸, 一宮 洋介,真夜中に特徴的な症候 夜間せん妄,JIM: Journal of Integrated Medicine,18(10)2008

  

・高齢入院患者の「睡眠マネジメント」

不眠時薬の選択 ➡ 鎮静系抗うつ薬(ミアンセリン,トラゾドン)

 

松本 晃明,せん妄の予防 高齢入院患者の不眠対応に着目した実践,精神医学,60(3)2018

 

国内の報告でも安全性,有用性から

使用されていることが多い状況がうかがわれます.

 

対応をどうするのか

四環系の薬剤としてテトラミドのほかには,

・マプロチリン塩酸塩                    

(先発)ルジオミール錠

(後発)マプロチリン塩酸塩錠10mg「アメル」       

(後発) マプロチリン塩酸塩錠10mg「タカタ」     

        

・セチプチリンマレイン酸塩         

(先発)テシプール錠1mg                                                       

(後発)セチプチリンマレイン酸塩錠1mg「サワイ」

 

があります.

すでにこれら薬剤も供給が滞り気味という情報もありました.

 

はっきり言って,テトラミドはテトラミドです.

他に変わりはありません.

薬をこのような状況で変更せざるを得ない方への影響は

とても大きいです.

 

A4の案内文章を夕方もってこられ

「申し訳ございません,テトラミド10mgは全回収,30mgも出荷調整,代替品もありません」

と潔くおっしゃっていただいたMR様には,

 

どのように現場が困っているのかを

知っていただきたい,と強く感じます.

 

薬を製造する.安定供給する.当たり前と思っていることが,

最近当たり前でなくなってきているのでは,とも感じます.

名指しをしたくはありませんが,MSDの薬剤は特に目立ってしまいます.

 

品質管理上発覚したことで,対応が早かったことはありがたいです.

しかし,急に薬剤がなくなってしまう現場では,

非常に大きな混乱を招きます.

 

当施設では精神科の専門病院などに比べると,

その使用状況ははるかに少ないでしょう.

でも,服用されている方がいらっしゃり,多い少ない,

という人数は関係ありません.

 

今回は調査をしてみて,どのように使用されているかなどの

情報を得ることの必要性を感じました.

代替する薬剤の選択があればあるほど,

このような状況の場合には助かります.

 

当施設もテトラミド30mgをたくさん購入して,

そのままテトラミドの処方を継続したほうがよかったのかもしれません.

錠剤から粉薬になりますが,薬は変わらない.

 

しかしながら,出荷制限されているこのテトラミド30mgを,

処方変更が可能であるかの確認をせず,

ただ薬剤を切り替えるようなことを多くの施設が行ってしまうと,

残念ながら本当にテトラミドで治療をしなくてはいけない方に,

迷惑が掛かってしまう可能性もあります.

 

自施設だけが良ければよい,という考え方もありますが,

そうでないという考え方も必要です.

変更可能かを検討できる施設であれば,

そこを怠ってしまうのは,

最も避けなくてはいけないことなのかもしれません.

 

安全性,有効性が高い薬剤を使用する,

それは医療の最も大切な部分と認識しています.

このようなことがなければ,こんな対応を行う必要もなかったので,

やはり医薬品の安定供給は最も大切なものだと考えています.

 

困ったとき,どのように対応するのか.

 

医療従事者に問われている問題です.

何を優先するのか.

患者さんのことが第一優先です.

そしてその薬剤を必要としている方は,

何も自施設だけの場合だけとは限りません.

 

2020年2月現在,コロナウイルスの報道から,

日本国内はマスク,手指消毒用のアルコールが

一般の薬局になくなってしまうという,パニックに陥っています.

そして通常手に入らないようなマスクやアルコールなどが,

SNSやフリマアプリなどで売られてしまっています.

 

モラルが崩壊しつつあるのかもしれません.

 

今回の件は,重大な健康被害発生の報告はおそらくないとされています.

そうなのかもしれません.

しかしながら,

溶出性の問題は,製剤の問題である以上,

現時点でその問題が解決していない以上は,

この薬剤の出荷制限は長引く可能性があります.

 

決して楽観できるような現状ではないと思います.

工場の問題や手続き上の不備で,原因がはっきりわかっていて,

次の医薬品の製造のめどがたっている状況とは少し異なります.

 

これからさらに,供給に問題が出てきそうな

薬剤になってしまう可能性もあるため,

本当に薬剤が必要な方に届くような,

うまい交通整理などができるとよいのではないかと考えています.

 

そのためにできること.

 

無理だと思考停止せず,できることを考え,行ってみること.

漠然としていますが,正しい情報を集める.評価する.

主治医,患者さんと話をする.

少しでもできることはあるはずです.

 

早期の原因究明,対応と,

供給が少しでも早く安定することを願っています. 

 

おまけ;回収による薬剤の金額は…

テトラミド10mgの処方量が,すごくあるという印象はないのですが,対象ロットの多さをみると,ついつい計算してみたくなりました.

以前デザレックスの時も計算してみましたが…

 

PMDAの回収情報に回収量が掲載されています.

 

単純計算してみます.

  

こんな感じになりました.すごい箱数ですね.

 

1000錠包装

39,204箱

39,204,000錠

105錠包装

1,295,665箱

136,044,825錠

2100錠包装

600箱

1,260,000錠

630錠包装

32,983箱

20,779,290錠

       
   

197,288,115錠

 

約2億錠!!!

 

1錠の薬価は14.1円ですので計27億8000万円となります.

 

 すでに出荷,服用されている分もあるかと思いますが,

あまり調剤しないな,というような印象の薬剤であってもこれほどの影響になるのは予想できませんでした.

 

医薬品の回収.出荷停止.経済的な影響もかなりのものになります.

本当に大きな影響があります.服用されている方への影響が最も大きいと思います.

 

一刻も早い薬剤の復旧を願っております.