妊婦・授乳婦さんのお薬相談,受けることはありますでしょうか?
薬剤師にご相談ください,と言われる中でも,最も神経を使い,慎重に対応する内容かと思います.
産婦人科医,小児科医がいればそちらで対応いただくケースの方が圧倒的に多いかもしれませんが,薬剤師にも当然聞かれることがあります.
私も病棟で聞かれたとき,いつもオドオドしながら対応をしています.
薬剤師の中でも,圧倒的に女性の方が,上手な回答をしている(当社の印象)と感じるのは私だけでしょうか?
特に出産を経験している女性薬剤師は,全てにおいて,最も上手な対応(患者さんの背景から主治医の意図,患者さんのフォローなどを含む)ができる方たちです.
当施設でも経験則も含め頼ることも多いのですが,何とか自分で対応しなくてはいけない場合の,切羽詰ったときに役立つ書籍,サイトのご紹介になります.
妊娠に関する薬の情報
薬剤師が妊娠と薬に関して,最も慎重になる理由は,サリドマイドに関する薬害のためでしょう.薬剤師は必ずサリドマイドの薬害について学び,薬害を風化させてはならず,それを招かないような対策,業務を行うと強く心に誓って,日々の業務にあたっています.
それゆえ,○か×かを数分以内で回答する,という事はなかなかできません.私だけかもしれませんが.
妊娠に関しては,胎児と奇形の問題をまず理解することから始まると思います.そのためには,まず正しい知識を得て,正しく妊婦さんの状況を把握することから始めるのが大切かと思います.
若い薬剤師がよく,
『〇〇先生より,妊娠している患者さんに△△の薬をつかってよいか聞かれました.何を見て回答したらよいですか?』
と,本当にその電話を直接もらった方がよいのではないかという,最低限の情報のみで調べてみるという状況となっていることに遭遇します.
質問する側も研修医の先生だったりして,妊婦さんの情報が全くない状況で,受けた薬剤師も,これだけの情報で,どのように回答しようと思っているのかと思うこともしばしばあります.
そういった事にならないように,妊娠の周期や,どんな症状で,どんな薬剤を選択しようとしているのか,などを聞きながら対応することになります.
そのためには,妊娠時期と薬の胎児への影響を理解しておく必要があります.それを行わずに,ただ本を見て回答する,ということ自体無理があります.
理解するのに,手っ取り早いのは,成書を読むことに尽きるのですが,買えるならこちらです.
Drugs in Pregnancy and Lactation
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ちょっと高いですよね.洋書ですし.今のものは,タブレットやスマートフォンにダウンロードして,専用アプリからいつでもアクセスできるようです.便利そうです.当施設のものは古く,そのようなものはついてませんでした…
という事で,お値段は同じくらいですが,当施設でも最も使用頻度の高い本はコチラ
実践 妊娠と薬 第2版 -10,000例の相談事例とその情報
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佐藤先生,林先生の書籍で,とにかく悩んで
1冊しか買えないのであれば,こちらをお勧めします.
上記に記載した,妊娠・授乳中における薬剤の基礎知識がしっかり書かれています.とにかくしっかりした知識をまずつけるという意味でも,信頼のおける書籍になります.
国内ではおそらくこの本を上回る本はないでしょう.2010年の本ですが,とにかく具体的な対応が書かれています.
各医薬品の添付文書の情報(これは最新のもので確認しましょう),動物の試験,人での疫学,症例報告,相談事例,服用前の対応,服用後の対応,患者さんへの説明・指導,さらに処方中止の場合や処方変更の場合などの対応と,まさしく実践的な書籍です.これ以上の書籍はないでしょう.
少し高いですが,1冊あればとても心強く,色々な場面で助けてくれる1冊です.
もしもう1冊おける余裕があれば,こちらがおすすめです.
薬物治療コンサルテーション 妊娠と授乳
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先ほどの本と同様,基本的な情報がまず記載されています.
文字も少し大きいので読みやすいでしょう.胎児毒性,出征前診断などの情報もあります.そしてEBMに関する内容があるのが特徴です.
原著にあたった際など,どのように読むべきかといった情報があるのはとてもありがたいです.各論では,薬効ごとに添付文書情報などが表になっていて,一目で同効薬の情報が分かるようになっています.妊娠と授乳の情報も書かれています.
上記の書籍は少し値段が高いので,勉強がてら少し空いた時間に読み進めるという場合などは,こちらもおすすめです.
妊娠・授乳とくすりQ&A―安全・適正な薬物治療のために 今これだけは知っておきたい!
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じほうのQ&Aシリーズです.
大きさも手ごろで,空いた時間に手を取って読むには良い本です.
50以上のQ&Aからなっているので,1つずつ読み進めていくことで理解も深まると思います.値段があまり高くないのも助かります.
他にもQ&Aシリーズがあるので,手に取ってみるとよいでしょう.
書籍を紹介いたしましたので,以下はネットから得られる情報を少し紹介します.
まずは,日本産婦人科学会
産婦人科診療ガイドライン―産科編2017です.http://www.jsog.or.jp/uploads/files/medical/about/gl_sanka_2017.pdf
無料でダウンロードできます.本ガイドラインはなんと480ページにも及びます.
産婦人科医の診療に関わるガイドラインで,専門的な内容になっています.
全てを読むのにはかなりに時間を要しますが,
CQ104-1 医薬品の妊娠中投与による胎児への影響について尋ねられたら?
CQ104-2 添付文書上,いわゆる禁忌の医薬品のうち,特定の状況下では妊娠中であってもインフォームドコンセントを得た内で投与される代表的医薬品は?
CQ104-3 添付文書上,いわゆる禁忌の医薬品のうち,妊娠初期に妊娠と知らずに服用・投与された場合でも,臨床的に優位な胎児への影響はないと判断してよい医薬品は?
CQ104-4 添付文書上,いわゆる有益性投与の医薬品のうち,妊娠中の投与に際して胎児・新生児に対して特に注意が必要な医薬品は?
この項目だけは,
今すぐにでも読んでいただきたい項目
になります.
特にCQ104-1 医薬品の妊娠中投与による胎児への影響について尋ねられたら?のAnswerから解説まですべて,薬剤師であれば一字一句,とりあえず読んでください.
というか本当はCQ104-4 なのですが,特に薬剤師が恐れる,
“禁忌”についての考えかたを少し違う視点から見てみましょう.
産婦人科医の,妊婦さんへの専門家としてのプライドというか,赤ちゃんへの尊さというか,とにかく薬の影響があるから,簡単に中絶などという言葉を発しないような,現場の声が反映されているガイドラインです.必読です.
残念なのは,印刷ができないので,あくまでこのガイドラインを参照にする程度で用いましょう.印刷できても480ページなので,間違って印刷したら,用紙のことなど考えると軽いパニックになりますね.
続いて,授乳に関する書籍のご紹介になります.上記の書籍も妊娠と授乳は情報が一緒に書かれているので,同じ書籍を推奨することになりますが,授乳に関しては下記の書籍も有用です.
Medications & Mothers' Milk
写真がいつもカワイイ赤ちゃんとお母さんになっていて,まさしく母乳と薬剤の本になります.
当施設でもこの書籍に対する信頼感は抜群です.
とても見やすく,スペルごとに並んでいるので検索もしやすいです.ちょっと厚めで1000ページくらいあります.英語なので,堪能な方は読み進めていただくのもよいかと思いますが,基本的に当施設では調べるときにしか用いていません.
なのでまだ読んだことのないページの方が多いです.
T1/2や,Tmax,M/Pや分子量,Vd,RIDなどのパラメータがあるのも助かります.
アプリ版もあるようです. 当施設でも授乳婦さんに特化した書籍はこの程度です.
授乳と薬剤に関しては,こちらを覚えておくとよいでしょう.
国立成育医療研究センターHp内のトップ > 妊娠と薬情報センター > ママのためのお薬情報 > 授乳中に安全に使用できると考えられる薬 です.
授乳中に安全に使用できると考えられる薬 | 国立成育医療研究センター
ここには安全と考えられる薬剤がリストとなっています.
アイウエオ順,薬効順で並び替えができますので,
まず聞かれたら,ここにあればOK!とほぼ即答できる資料となっております.ただ,使用に際しては必ずHpの注意事項などを確認しましょう.
私はブックマークしています.産婦人科の先生もおすすめしているHpです.
もう一つオススメのサイトを紹介いたします.
LactMedです
Drugs and Lactation Database (LactMed)
米国のサイトになります.無料で利用できます.米国NIHが運営,TONETの中にあるデータベースになります.
英名で入力すると表示が出てきますが,化学構造式,概要,授乳への影響のほか,Alternate Drugs to Consider (考慮できる代替薬)に,薬剤が記載されています.
これはとにかくありがたいです.もしこれがだめだったら,他は何が使える?という話に必ずなるので,本当によく活用しています.
参考文献もあるので,必要あれば原著にあたれます.
これもぜひ活用いただきたいサイトです.
その他といたしまして,日本国内の,県の医師会,薬剤師会でも素晴らしい資料を提供していただいています.代表的なところは下記の2件でしょうか.
愛知県薬剤師会 妊娠・授乳と薬
妊娠・授乳と薬 | 資料箱 | 愛知県薬剤師会 医療関係者用
「妊娠・授乳と薬 対応基本手引き(改訂第2版)」http://www.apha.jp/archives/002/ninpu/tebiki.pdf
全97ページ,PDFで見れます.序論に基本的な情報があるのもそうですが,薬効別のところでも,風症候群で,妊娠中の女性に使用が可能な医薬品の例が例示されいますし(抗菌薬もありますが,今は不要なものに分類されるでしょう),こちらも何かあったときには覚えておくとよいサイトかと思います.
続いて大分県産婦人科医会の情報になります.
母乳とくすりハンドブック2010
http://www.oitaog.jp/syoko/binyutokusuri.pdf
こちらも無料でダウンロード,閲覧ができます.全50ページです.
現場での情報整理をするために,大まかな分類,という事もしてくれている資料になります. これらの2つの資料も,とても利便性がよく,ぜひ一度見ていただくことをお勧めいたします.図書の予算がない,自分で購入するには少し値段が...といった場合にはとても有用な資料かと思います.
ぜひご活用いただきたいものになります.
今回こちらのまとめをしたかった理由の一つは,知人がある病院にかかり,
『母乳はやめておいたほうが・・・』,と言われて避けていたら,
そのまま母乳が出なくなっちゃった,と涙していた
ことでした.
相談してくれればよかったのに,という後悔と,
その本人の心境を考えると,
私たちにはできること,やらなくてはいけないことがあるのでは,
とあらためて思ったためです.
このような経験をされる方を,これ以上ださないためにも,妊婦さん,授乳婦さんの薬について聞かれたら,よく分からないから思考停止,わかるひとへ繋ぐ,というのもいいのかもしれませんが,医療従事者として何とか力になってあげられるように心がけたいですね.
妊婦さんには,妊娠の状況を教えてもらって,
その子が健やかに,そしてお母さんの健康がおなかの赤ちゃんにとってもよいことを理解して,納得いく治療が受けられるように,むやみに流産するなどといったことを考えないように,
上手に説明できるようになりたいです.
授乳中のお母さん方には,
誤った知識など,またリスクを説明もなしに,授乳を中止したりしないように,何とか母乳育児を希望するのであれば,それを安心して続けられるような説明,情報を提供できるようになりたいです.
今回紹介したものは,ある程度情報が重なっていたり,一つで十分なのでは,と感じる方もいるかと思います.色々な情報を確認することで,別な対応が考えられるかもしれない,という観点から,私はなるべく複数の情報源を検索するようにしています.
また,もし近くに薬剤師がいれば,情報を一緒に確認してもらい,情報提供することを心がけています.私より遥かに良い回答ができる薬剤師がいることを,私自身が知っているためです.
私は,大きなことは言えませんが,
とにかく薬剤師として,妊娠しているお母さん,授乳中のお母さんに,
主治医が母体の治療のために必要な,それは即ち赤ちゃんを守ることになるための処方を,なるべく安全に,
納得いただけるような情報提供と説明ができるよう,日々努力をしていきたいと思います.
最後は雑多な話になりましたが,上記の情報が,少しでも皆様のお役に立てればと思います.