病院薬剤師のブログ

徒然なるままに。少しづつ勉強していきましょう。

感染症部会でのセファゾリンの資料を眺めてみる

厚生科学審議会 (感染症部会)から,2019年7月17日付で,セファゾリンの供給低下についての資料が掲載されています.

厚生科学審議会 (感染症部会)|厚生労働省

 

先日ありました,アンケート結果もあわせて報告されています.当施設も参加しました.

少し眺めてみたいと思います.

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アンケート

 

セファゾリン及び主なセファゾリン代替薬の出荷状況・出荷予定

ここで用いられている数字はDIDとして表されています.

DIDにつきましては下記の資料から転記させていただきます.

国内での抗菌薬の使用量をまとめられている,村木先生の資料です.

 

http://medical.radionikkei.jp/kansenshotoday_pdf/kansenshotoday-180620.pdf

 

DIDは1日における1,000住民当たりの使用量を示す指標で,

主に海外との比較等に用いられる値です.

 

同様の数字でAUDやDOTといった数字もありますが,

そちらが病院の在院患者数などで補正するのに対し,

こちらは日本国民あたりという事になりますので,

非常に値は小さくなりますが,全国的な平均としての数字,

日本国内の値となります.

 

DIDの資料(2018年実績,2019年予定)によりますと,

セファゾリンは2018年0.056から2019年0.012へ減少,約20%になっています.

日医工以外は2018年が0.056から2019年に0.060とほぼ同量,

若干増産傾向となっています.表にしてみました.

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CEZ

セファゾリンの約半分を占める日医工の製品が,

2018年に比較して約20%,セファゾリン全体として64%程度に落ち込んでいます.

当然使用できない施設も増えている現状です.これは実感通りの数値かと思います.

 

そして代替の薬剤を見てみますと,いくつか増産見込みのものもあります.

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CMZ

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CLDM

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CTRX

比較的セフトリアキソンが増産の見込みであることが分かります(実際は供給制限がかかっていますが).

 

各月を見てみますと,

セファゾリンは3月までは2019年の実績の方が高く

(数字は非常に小さいので図ではわかりにくいです),

累積の図を見ると,現場で実感するより,2018年との数字の差は

無いように見えます.7月以降が落ち込んでいるように見えます.

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CEZ月推移

日医工は年内の出荷を予定しているようで,

それがどこまで反映されているか分からないのですが,

これを見ますと,やはり2019年内はセファゾリンは

厳しい状況であることが分かります.

 

それにしても3-4月あたりの実績が,あまり変わりないのが驚きでした.

あのパニックは,数字でみるとこれだけの差だったのか,と.

 

その一方で,代替薬はかなり頑張ってくれているのがわかります.上記のセフトリアキソン頑張りもあるからか,2018年を上回っている状況です.

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CEZ代替薬の推移

この図を見ると,悲観することが無いように見えますが,現状は規制がかかっていて納入は厳しいと言われてしまいます.

 

厚生労働省により各メーカーからの聞き取りに基づく資料なので,

あくまで生産した側の資料です.

実際はその生産した薬剤が医療現場に届き,納入されるため,

医薬品卸での割り当てが大きく影響していると思われますが,

全国的押し並べてみると,製造している方は,

2019年もかなり力を入れてくれているのが分かります.

 

各医療機関の現状(術前予防投与)

当施設も参加しましたが,6月のアンケート結果が公表されています.セファゾリンを採用している1071の医療機関の回答です.術前予防の内容です.

 

今回の供給とは関係なく,診療することがないと回答した117施設を除くと954施設となります.

そのうち,全例セファゾリンを使用している施設は,

全体で50%(480/954)となっています.そして残りの半数は支障が出ています.

一部で制限している施設は15%(147/954),

セファゾリンが使えない施設は34%(327/954)となっています.

 

そして日医工のみの施設では,

全例セファゾリンを使用している施設は, 15%(57/381)となっています.

そして残りの85%は支障が出ています.

一部で制限している施設は12%(47/381),セファゾリンが使えない施設は73%(277/381)となっています.

 

そして日医工以外の施設では,

全例セファゾリンを使用している施設は, 74%(423/573)となっています.そして残りの26%に支障が出ています.

一部で制限している施設は17%(100/573),セファゾリンが使えない施設は9%(50/573)となっています.

 

日医工の採用のみかどうかで,セファゾリンが使えるかどうかに,これほど差(15%vs 74%)が出ています.

 

日医工以外の採用であっても,セファゾリンが使えていない施設もあります.

ただ,多くの施設は,

その欠品してしまった薬剤を,今まで使用しているかいないかだけで,手術時の創感染予防を目的としたセファゾリンの投与に規制がかかっている施設が多い状況が分かります.

 

代替薬など,予防にはいくつか選択肢がありますし,

日本の手術は非常に精度が高く,術後感染も低いということは良く聞きます.

 

患者さんにとってみると,自分が手術を受ける病院の採用品など,

知る由もありませんでしょうし,そのような状況になっていることも関係ないことでしょう.

そしてこれは,治療する医師側にとっても今までどのメーカーを使用していたのか,採用がどうかなど,手術の延期をするような話に発展することになってしまうとすると,全く関係ないわけです.

もちろんセファゾリンだけが全てではなく,そのようなときに何で代替できるのかを

考えるのも,医療従事者の役目なのですが.

 

そして地域差もありそうです.

日本は狭いと感じることもありますが,アンケートした施設のばらつきもあるでしょうし,このようなアンケートに回答するのは,それなりの意識の高い施設や,現実的に困った経験をした施設などと考えられます.

県で数件(1-2程度)というところもあるので一概には言えませんが,あるところにはある,のではないかと感じてしまいます.

 

各医療機関の現状(治療)

そして治療における資料です.

予防投与よりも,セファゾリンに依存することも多いため,こちらも気になる結果です.

 

先ほどと同様,治療のためにセファゾリンを使用しない施設を省いて,数字を眺めてみます.

 

今回の供給とは関係なく,診療することがないと回答した55施設を除くと1016施設となります.

そのうち,全例セファゾリンを使用している施設は,全体で52%(525/1016)となっています.こちらも先ほどと同様に約半数の施設で支障が出ています.

一部で制限している施設は23%(237/1016),セファゾリンが使えない施設は25%(254/1016)となっています.

 

そして日医工のみの施設では,

全例セファゾリンを使用している施設は, 17%(70/407)となっています.そして残りの83%は支障が出ています.

一部で制限している施設は31%(125/407),セファゾリンが使えない施設は52%(212/407)となっています.

 

そして日医工以外の施設では,

全例セファゾリンを使用している施設は, 75%(455/609)となっています.そして残りの25%に支障が出ています.

一部で制限している施設は18%(112/609),セファゾリンが使えない施設は7%(42/609)となっています.

 

全体的にセファゾリンの予防投与,治療に関しても同様の傾向です.

使い方がある程度明確な薬剤であるため,予防,治療のセファゾリンの

位置づけがしっかりあるので,同様の傾向となっているのかと思います.

 

いずれにしても,なくてはならない医薬品なのです.

 

供給低下による影響は…

これだけ世間に影響を与えたセファゾリン問題,実際に治療延期や,治療の受け入れができないという施設は意外に少ない印象です.

本アンケートでは,手術の延期があったのは4施設,治療の受け入れができなかった施設は6施設にとどまっています.代替薬にて可能,ということです.

その代替薬も混乱があったのですが,本来であれば,代替などしなくてよいところを

代替しながら乗り切っている現状が分かります.

本当にどうしようもない状況にまでは,至っていなかったという現状です.

 

本来は,代替による影響,どのような転帰となったのかを確認すべきかも

しれませんが,その余裕も行う意義もないのかもしれません.

 

代替薬に関しては,いくつか出ておりましたが,流通も含めると,

多くの病院薬剤師が医師と共に関わったかと思われます.

そしてそれらの努力があったからこそ,

これだけの件数に留まっていたのではないかと思われます.

 

今回の資料を眺めてみると…

 

状況のまとめ,にも記載がありますが,

日医工の供給停止から始まった今回の件ですが,

プレスリリースにもあるように,2019年秋の終わりころから

年末にかけて供給再開の予定です.

 

日医工の方にお聞きしたところ,少しずつ原薬の準備が進んでいるようですが,

途中の生成物の可燃性が強く,空輸できない事情もあり,

船便での郵送といったことから,時間がかかるといったこともあるようです.

これは聞かないと分からない事実でした.

 

以前スルバシリンは,海外で赤字覚悟の製造,

日本国内に空輸と聞いた事があったので,

製品となってしまえば問題ないようですが,

薬剤によっては中間のものは色々と規制があるようです.

 

今回も,原薬の火災という事が発端になっている事等から,

あまり急ぎ過ぎて,安全性を担保しないというのは,

また元に戻ってしまう気がします.

何とか持ちこたえる努力をしながら,

安定供給が回復するのを待ちたいと思います.

 

そして各メーカーの製造の視点からは,

代替の供給は昨年度以上という見込みがある

(現時点では規制ばっかりで現場ではその実感は薄いですが)

ということから,企業側も

必死で取り組んでくれている,という事も分かりました.

 

そして,この資料の※の記載にもあるように,

医療機関によってセファゾリン及び代替薬の入手しやすさに差がある ※ こと、利用できる代替薬が特定の品目に偏っていること等から、各症例において最適な抗菌薬が使用できないケースが一定程度生じている

 

という問題点があります.

 

その解説もありますが,

 

※製薬企業が出荷調整を行う場合、各医療機関への販売量実績を基準に調整されることが多く、

そのため、これまで抗菌薬使用の適正化を積極的に進めてきた医療機関ほど、今回のように出荷調整が行われる局面では抗菌薬を手に入れにくくなっている可能性もある。

 

 これはまさしくそうです.

 

予防と治療で考えてみても,この部分は本当にややこしい問題です.

 

手術後の予防抗菌薬を,ガイドラインでは通常48時間まで,

となっているような手術で,72-96時間使用している施設があったとすれば,

当たり前ですが,使用量は多くなります.

24時間まで,としてきっちり管理している施設では,

その分使用量が少なくなります.

 

そして血流感染でセファゾリンを6g使用したい,

となった際には,予防投与で使用量を絞っている施設では,

供給数が足りなくなってしまう可能性が出てきています.

 

特に血流感染のセファゾリンは,

しっかり投与期間を守る必要性もあるため,

難しい選択を迫られることになります.

 

しかしながら,供給予測をするのには,今までの使用量から算出するしかないのもよく分かります.

数字をみて供給量を決めていかなくては,使用しないでたくさん病院に

抱え込まれてしまうなど,様々な問題になってくるからです.

 

これは本当に難しい問題です.

 

最後に,本資料では,論点(案)として例示されています.

以下引用します.

 

論点(案)

現時点でセファゾリンを使用できない、または使用に制限のある医療機関が一定割合存在することを受け、セファゾリンの供給再開までの間、手術や治療が実施できない医療機関の発生防止を目的として、医療機関の理解・自発的協力、メーカー・卸の協力のもと、セファゾリン及び代替薬について、互いに融通するよう呼びかけることについて、どのように考えるか。

 

抗菌薬の開発、生産、流通等は感染症対策に大きな影響を及ぼす要素であることから、今後、臨床・公衆衛生上の重要性や生産・流通の安定性等を踏まえ、複数の抗菌薬(または開発中の抗菌薬候補)を選び、継続的、積極的に情報収集していくことについてどのように考えるか。

 

これはまさしく今考えなくてはいけない論点となっています.

 

医薬品メーカーが供給できなくなった際に,代替のメーカーが製造する,

限られたものをどのように振り分けるか,

そして病院の使用方法で,代替となるものはないかを考え,

過剰な在庫とならないような,供給を卸と共に考える必要があるかと思います.

 

この議論,論点はこの会議で,どのように話し合われたかが気になります.

 

供給制限の際に必ず問題になることとは

東日本震災の際,手指消毒薬が供給不安定になったことがありました.

水が不足した際に,感染症を予防するために,有効なアルコール性手指消毒薬.

 

その際は,主に容器の製造の部分が被害を受けて,

供給が滞るといった話となりました.

 

そして,のちに発覚したことのようですが,ある大きな施設において,

発注を勘違いしたのか,かなりの大量の速乾性アルコール性手指消毒薬が,

その施設に納入され,

近隣の施設では,手に入らないという状況になってしまったことを経験しました.

 

医薬品には,供給が不安定になった際,

自施設での供給が滞らないような対応をするのは,医薬品の管理を行う薬剤師の業務の一つかと思います.

 

しかしながら,自施設のみがよければよい,あるものをなるべく自施設に納入できれば良い,という考えでは,他の多くの施設に影響を与えてしまうのは事実です.

 

そして,それは施設規模の大きなところが,融通されているかもしれません.

 

上記厚生労働省の資料にも,病床規模別の資料があります.

その中では,予防,治療においても同様の傾向で,施設規模が大きいほど

制限している,使えないという傾向ですが,

日医工の採用による分け方がされていないので,何とも言えない資料かと思います.

決して大きな病床数の施設は,セファゾリンを使えていない

という資料ではないと考えます.

 

大きな病院では,手術件数,治療対象患者さんも多数います.

その分,人手があるかもしれません.

小さな施設は人手が少ないですが,コミュニケーションがうまく取れて

対応できることがあるかもしれません.

 

往々にして大規模病院に薬剤が集中するような気がしますが,

どのような状況であっても,可能な限りできる事を行うことぐらいしか,

現在はできないのでしょう.

 

そして自施設のことを考えることが,最も大切なのはその通りなのですが,

供給制限に際しては,必ず自施設以外の問題にも発展する,

という事を考える必要もあるかと思います.

 

今回は資料を見ながら,色々と考えてみました.

数字でみると色々なことが分かります.

このような会議で,どのような形で議論がなされたかが気になります.

 

今後の後発品に関する対応にも,つながることだと思います.

 

平成から令和になって,

今まで経験したことのなかった,抗菌薬の供給に関する問題.

 

これからの動きに注目していこうと思います.