病院薬剤師のブログ

徒然なるままに。少しづつ勉強していきましょう。

当直中のビビった処方(注射用メチルプレドニゾロン)

当直業務を行うにあたり,若かりし自分が,ちょっと戸惑った処方を紹介していきたいと思います.
簡単なものから色々と.
薬学生のかた,普段注射調剤に関わっていない方から,病院で当直することになりそうな方まで,ご参考になさってください.

第2回ヤクガクテキ処方箋鑑査

先日に続きまして第2回目はこちらです.

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RP1
ソルメドロール1000mg 3V
生食100mL  15分かけて

RP2
ソルメドロール1000mg 12V
生食500mL  23時間かけて

 

こちらも当直中受け取ったワタクシ.うろたえました.

ステロイドパルスは内科領域ではよくみられるので,RP1は問題なさそうですよね.

 

今日の治療指針2018年版
ネフローゼ症候群(ステロイド依存性,抵抗性,難治性を含む)より,
ステロイドパルス療法
 早期の寛解導入目的やステロイド抵抗性に対して行われる.パルス療法により,凝固亢進やNa貯留が生じることがある.
処方例
 ソル・メドロール注 1回500〜1,000mg 1日1回 点滴静注 3日間連続(1クール) 病態に応じて2〜3クール


よくよく見ると添付文書にも記載があります.
なので,前置きもほぼなく,解説です.

 

 

 

 

 


ソル・メドロール静注用添付文書 2016年9月改訂 (第9版)
効能又は効果
受傷後8時間以内の急性脊髄損傷患者(運動機能障害及び感覚機能障害を有する場合)における神経機能障害の改善

 

用法及び用量
受傷後8時間以内に、メチルプレドニゾロンとして30mg/kgを15分間かけて点滴静注し、その後45分間休薬し、5.4mg/kg/時間を23時間点滴静注する。

 

緊急で薬剤をとりに来ていたので,情報収集しながら体重(100kg)と疾患を確認し,全ての準備に時間がかかると判断し,取り急ぎRp1を調剤してお渡し.

Rp1
30mg/kgx100kg=3000

Rp2
5.4mg/kgx100kgx23=12420

ここで,RP2を調剤,ひと呼吸ついてから病棟へ.

 

生食500mLには通常予備用量は160mL.
ソル・メドロール静注用1000mg:1バイアル、5バイアル(溶解用液 日局 注射用水 16mL添付)

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×11本 いざ並べてみると,これ結構な溶液量になる,というのが分かると思います.
16mL×12本 = 192mL

 

このままだと輸液に入らないので,少し抜いて点滴するか,2つに分けるかを確認して調剤しました.そのまま焦ってRp2も一緒に調剤していたら,おそらく病棟で混合し始めて,入らないけど,という問い合わせになっていたかと思います.

 

その後,元論文を見てみました.

N Engl J Med. 1990 May 17;322(20):1405-11.
A randomized, controlled trial of methylprednisolone or naloxone in the treatment of acute spinal-cord injury. Results of the Second National Acute Spinal Cord Injury Study.
Bracken MB, Shepard MJ, Collins WF, Holford TR, Young W, Baskin DS, Eisenberg HM, Flamm E, Leo-Summers L, Maroon J, et al.
PMID: 2278545

1990年のNEJMです.
・急性脊髄損傷患者の多施設無作為二重盲検プラセボ対照試験でメチルプレドニゾロンとナロキソンの有効性と安全性を評価
・6か月後の受傷後メチルプレドニゾロン治療群は運動機能が改善

という内容です.


添付文書の記載もあるので,次回処方あったときはうろたえないようにしよう,と思い日々を過ごしていました.

ちなみにこの論文,私が初めて読んだとき,
“患者さんの適性を確認した後,医師は薬剤師に電話連絡をして,

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図のような投与スケジュールとする”という記載があります.米国の薬剤師スゴイ!!と思った記憶があります.

 

この時は,なんだかこれで満足してしまっていました.添付文書の記載もあるし,適応通りで,元論文がNEJM.脊椎損傷では薬剤は他に投与できるようなものもない以上,これ以上治療に際して,特に疑問に思う点はない,と.

 

ただ,唯一ステロイドの量だけは気になっていました.これが多いのか多くないのか.全ての人にこの量となるのか?

通常使用するステロイドパルスよりは多いのですが,脊椎損傷ではこれしかない,と納得してしまっていました.

 

その後,救急センターの整形外科医と話す機会があり,その医師はあまり積極的に使わないような話もしていました.その時に話していた内容の論文が下記になります.これを読んでみたときに,少し気になっている部分がすっきりしたような気がしました.

Spine (Phila Pa 1976). 2001 Feb 15;26(4):426-30.
Early complications of high-dose methylprednisolone sodium succinate treatment in the follow-up of acute cervical spinal cord injury.
Matsumoto T, Tamaki T, Kawakami M, Yoshida M, Ando M, Yamada H.
PMID: 11224891

 

急性頚椎脊髄損傷のフォローアップにおける高用量メチルプレドニゾロンナトリウムの早期合併症

・急性頚椎脊髄損傷の高用量メチルプレドニゾロン(MPSS)とプラセボの無作為化前向き二重盲検比較試験.
・受傷後8時間以内に投与した高用量MPSSの合併症を評価
・MPSS23例,プラセボ23例,平均60.6歳(18-84歳)
・MPSS合併症を受傷後2カ月までフォロー
・全体の副作用は差がなかったが,呼吸器合併症は8例,プラセボ1例で有意差あり(P = 0.009).肺の合併症は60歳以上で多い(P = 0.029)

 

若い方も含まれていますが,国内の報告で,高齢者には副作用の肺の合併症が多い.
ステロイドは色々な疾患に有用で,副作用もあるが,これしかない場合も多い.ただ,全ての人に有用な薬はないのであろう.

 

その後Up to Dateも見てみました.現時点の記述になりますが
Acute traumatic spinal cord injury
・メチルプレドニゾロンは,急性外傷性脊椎損傷患者の神経学的転帰を改善するための臨床試験で示唆された唯一の治療薬.しかし,証拠は限られており,その使用にあたっては議論がなされている
・米国の神経学会のガイドラインでは,グルココルチコイドの使用は推奨されていない
・米国では,グルココルチコイドの使用は減少している

 

下記の論文が分かりやすいです.
頸椎・頸髄損傷の治療方針の変遷,石井 桂輔, 森岡 和仁,関節外科35巻6号 ,580-587(2016.06)
・NASCIS-Ⅱの研究デザインに対する批判や,メチルプレドニゾロン投与による肺炎や死亡などの合併症率増加の問題が指摘され,その効果に否定的な研究結果も示されている
・FDAは脊髄損傷に対するメチルプレドニゾロンの使用を承認していない
・2002年版『アメリカ頚椎・頚髄損傷急性期ガイドライン』ではoptionとされていたメチルプレドニゾロンの使用は,2012年版ではこれをルーチンで使用しないよう勧告

 

色々読んでみていると,添付文書に記載があるから,薬剤は使用した方がよいでのはないか,という考え方は間違っているのではないかという事に気づく.

 

救急医は常に最善の治療法を考えながら治療にあたっている.上記の処方は若い方であった.主治医と話すことができたのだが,その若さゆえに,少しでもやれることをやってあげたいという話を聞くことができた.


高齢者への適応は考える必要があるのだろう.

 

薬剤師の根拠となっている添付文書,薬剤の保険適応.
使う側はその情報を知った上で,目の前に患者さんに適応できるのかを考えている.

 

この経験をした数年後,私は救急担当の薬剤師に配属された.脊椎損傷の方は何名も見ましたが,その都度,適応について自分でも確認するようになりました.

 

添付文書にはあるが,それだけで薬剤を投与する理由にはならない.その適応を自ら考える.
この時に学んだ,上記の事を忘れずに,今も業務にあたっています.