病院薬剤師のブログ

徒然なるままに。少しづつ勉強していきましょう。

 絶対に欠品してはいけない医薬品,その理由.③B型肝炎ワクチン

 病院で治療する医薬品の中でも,欠品や出荷調整などで,薬剤の供給が滞ることが許されない医薬品があります.

今回は,B型肝炎ワクチンとして欠品する恐れはないのですが,下記の報道がありました.

 

ヘプタバックス-II水性懸濁注シリンジ0.25mL/ヘプタバックス-II水性懸濁注シリンジ0.5mLが供給停止

 

MSD B肝ワクチン・ヘプタバックスの製造中止 厚科審・生産流通部会で報告 | 国内ニュース | ニュース | ミクスOnline

「ヘプタバックス」、10月以降に供給停止も MSDのB肝ワクチン 厚労省、部会に報告 | 日刊薬業 - 医薬品産業の総合情報サイト

https://www.msdconnect.jp/static/mcijapan/images/heptavax_201904.pdf

 

ミクスの記事は,製造中止,となっていますが,永久に中止というわけではないようです.

 

ただ,その理由が,

本製剤の原液製造の上流工程において所定の規格を満たせない事象が断続的に発生した,

というなんだかしっくりこないというか,再開が不安になる言葉があったのが気になります.

 

代替のビームゲン注0.25mL/ビームゲン注0.5mLがありますし,ヘプタバックス-II水性懸濁注シリンジ0.25mLは2020年1月以降,0.5mLは2019年10月以降とありますので(本当にここまであるかは不明),今すぐという混乱は,以前の薬剤に比べてないのですが,それでもB型肝炎ワクチンが1種になるという不安はあります.

 

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ワクチン

 

 

B型肝炎とは

 

院内感染対策としてのワクチンガイドライン第2版より引用させていただきます.

院内感染対策としてのワクチンガイドライン|日本環境感染学会

 

・B型肝炎ウイルスは,血液媒介感染する病原体として最も感染力が強い

・乾燥した環境表面でも,7日以上にわたって感染力を維持するとされる

・小さな外相でも感染が成立する場合があるとされている

 

 

なんだかすごいことばかり書かれています.

 

一般的な最近は接触飛沫感染のものが多く,血液を介するものはある程度限られています.

B型肝炎のほか,C型肝炎,HIVウイルスも同様ですが,その患者さんに針を刺し,血液が付着した針などで受傷した場合の感染リスクは,米国CDCの資料より

https://www.cdc.gov/mmwr/PDF/rr/rr5011.pdf

 

Risk for Occupational Transmission of HBV

In studies of HCP who sustained injuries from needles contaminated with blood containing HBV, the risk of developing clinical hepatitis if the blood was both hepatitis B surface antigen (HBsAg)-and HBeAg-positive was 22%–31%; the risk of developing serologic evidence of HBV infection was 37%–62%. By comparison, the risk of developing clinical hepatitis from a needle contaminated with HBsAg-positive, HBeAg-negative blood was 1%–6%, and the risk of developing serologic evidence of HBV infection, 23%–37% .

 

HBVの針刺しで,HBS抗原(+)の場合で,HBe抗原(+)の場合の感染リスクは37-62%,HBe抗原(-)では23-37%とされています.

 

ちなみにHCVは0-7%,HIVは0.2-0.5%とされています.

感染の勉強会などでは,理解しやすいように,

HBV・・・30%

HCV・・・3%

HIV・・・0.3%

という講演がありました.

 

針刺しをした際に,すごく焦るのがHIVという認識という方が多いかと思いますが,感染のリスクは圧倒的にB型肝炎の方が高いという事になります.そして,それがB型肝炎ワクチンで防げるという事になります.

 

もうこれだけで,ワクチンが必要な理由が分かると思います.

 

気をつけていれば,B型肝炎にはならないのでは?

血液媒介の感染のため,そんなに血液暴露をすることもないし,気をつけていれば,大丈夫なのではないか,と考えたりします.

そうなのかもしれませんが,上記のCDCの報告には,下記のような記述があります.適当な訳のため,詳細は原著を参照ください.

 

院内B型肝炎の発生に関するいくつかの報告では,感染した医療従事者の最大3分の1がHBs抗原陽性の患者のケアを思い出したが,ほとんどの感染した医療従事者は,明らかな経皮的傷害を思い出すことができなかった.

 

 

さらにHBVは,少なくとも1週間,環境表面上の室温で乾燥した血液中で生存することが報告されている.

 したがって,非職業性曝露,もしくは職業上の経皮的傷害の既往のない医療従事者において,HBV感染が起こってしまうのは,HBVが皮膚の傷,擦傷,火傷,その他の病変または粘膜表面に直接的,または間接的な血液,体液曝露に起因している可能性がある.

 環境表面との接触による,HBV伝播の可能性は,患者および血液透析ユニットのスタッフのHBVアウトブレイクで立証されている.

 

 

不幸にも,病院で勤務し,B型肝炎を発症した方が,明らかな暴露を思い出せない人がいた,というのも衝撃的です.このCDCの資料をみると,これは過去の話なのですが,ワクチンの大切さを,医療従事者は感じると思います.

B型感染の強さ,伝播力,そして発症した後の治療の難しさ.

 

予防できるのであれば,予防したいと強く感じるのは,私だけではないはずです.

 

B型肝炎ワクチンの適応

添付文書より,おおきく適応は3つあります.どれも大切なものになります.

 

効能又は効果/用法及び用量

  1. B型肝炎の予防

通常、0.5mLずつを4週間隔で2回、更に、20〜24週を経過した後に1回0.5mLを皮下又は筋肉内に注射する。ただし、10歳未満の者には、0.25mLずつを同様の投与間隔で皮下に注射する。

ただし、能動的HBs抗体が獲得されていない場合には追加注射する。

 

  1. B型肝炎ウイルス母子感染の予防(抗HBs人免疫グロブリンとの併用)

通常、0.25mLを1回、生後12時間以内を目安に皮下に注射する。更に、0.25mLずつを初回注射の1箇月後及び6箇月後の2回、同様の用法で注射する。

ただし、能動的HBs抗体が獲得されていない場合には追加注射する。

 

  1. HBs抗原陽性でかつHBe抗原陽性の血液による汚染事故後のB型肝炎発症予防(抗HBs人免疫グロブリンとの併用)

通常、0.5mLを1回、事故発生後7日以内に皮下又は筋肉内に注射する。更に0.5mLずつを初回注射の1箇月後及び3〜6箇月後の2回、同様の用法で注射する。なお、10歳未満の者には、0.25mLずつを同様の投与間隔で皮下に注射する。

ただし、能動的HBs抗体が獲得されていない場合には追加注射する。

 

 

ワクチンは基本的に接種し,免疫をつけることで,暴露した際の免疫応答でその疾患に罹患しづらくするためのものですので,対象が健康な方が多いのが,一般の治療に用いる薬剤と大きく異なる点かと思います.

そして予防,ですので

その疾患を発症しなければ有効,という事になるのですが,その判断もなかなか難しく,ワクチンに反対している意見をお持ちの方もいらっしゃるのがワクチンかと思います.

 

強い要望により,2016年から定期接種化されているワクチンです.ワクチンの中でも接種すべきものの一つといえるでしょう.

小児のほか,病院などで勤務する医療従事者は,必ず接種しておきたいワクチンの一つになります.

 

医療機関におけるB型肝炎ワクチンの接種対象者

日本環境感染学会の,院内感染対策としてのワクチンガイドライン第2版

でも記載されています.

 

その中では,接種の対象とすべき職種として

直接患者の医療,ケアに関わる職種として

医師,歯科医師,看護師,薬剤師,理学療法士,作業療法士,言語療法士,歯科衛生士,視能訓練士,放射線技師およびこれらの業務補助者や教育トレーニングを受けるものなど

 

患者の血液・体液に接触する可能性のある職種として

臨床検査技師,臨床工学技士おおびこれらの業務補助者,清掃業務従事者,選択.クリーニング業務従事者,給食業務従事者,患者の誘導や窓口業務にあたる事務職員,病院警備従事者,病院設備業務従事者,病院ボランティアなど

 

とされています.

病院で勤務するスタッフは,ほぼ全て含まれているのではないでしょうか.

(逆に対象となっていない人を探す方が難しいでしょうか)

 

そして,学生さんも,その対象になっているものと考えてよいと思います.今は薬学生も病院実習が必須となっています.B型肝炎ワクチンの対象になっているという事になります.

 

 

今回の供給に関する問題点は・・・

 

今回,MSDという製薬会社が世界規模のため,全世界的に同様の状況のようです.

一方で,本邦においては,ビームゲンは,化血研の問題もあり,平成27年あたりで一度供給不安定になってという経緯があります.

 

経緯などは化血研問題を振り返る として

兵庫医科大学血液内科 日笠 聡先生が寄稿された文章が非常によく分かりやすく書かれています.ご参考に.

http://www.mers.jp/report/kikou/kaketuken-higasa2

 

まだ供給が再開していない製剤もあります.

 

ビームゲンも供給の問題がありましたが,こちらのとおり,必要性が高いことから,安全性の確認が早急に行われた経緯もあります.

 

一般財団法人化学及血清療法研究所が製造販売する組換え沈降B型肝炎ワクチン(酵母由来)、乾燥組織培養不活化A型肝炎ワクチンについて |報道発表資料|厚生労働省

 

 

現在のビームゲンは,Meiji Seika ファルマが受け継いで販売されています.

この化血研問題で,様々な血漿分画製剤とともに,ビームゲンの採用を取りやめてしまった施設も多かったと聞いています.販売先も色々ともめていたようで,この薬剤の必要性から販売を継続してくれたMeiji Seika ファルマには感謝の気持ちしかありません.

 

そして,そのビームゲンの供給が滞らなくなり,生産も増えてきたとたんにもう一つのヘプタバックスの供給停止のニュース.

 

なんだか色々と闇を感じます.

 

ヘプタバックスを接種していて,薬剤がなくなったらどうするのだろうか?

 

上記の通り,一般的な医療従事者に接種する場合,

1回目を接種後,その1か月後に2回目,そして初回接種から6か月後に3回目の接種が推奨されています.

 

そうすると,1,2回目はヘプタバックスを接種できたが,3回目にビームゲンの接種で大丈夫なのか,などの問題がでてきます.

 

以前ビームゲンが供給停止となった際に,厚生労働省から,Q&Aが出ています.その中では,

Q.B型肝炎ワクチンには,「ビームゲン」と「ヘプタバックス」の2剤があるが,これらのワクチンには互換性はあるのか.途中で他社製剤へ切り替えることは可能なのか,それとも3回とも同一のワクチンを接種すべきか.

 

A.基本的には,3回の接種を同一の製剤で行うことが望ましいと考えられますが,切り替えて使用する場合であっても,定期の予防接種としての実施は可能です.

 

となっています.

 

参照;

B型肝炎の定期接種化について説明 予防接種担当者会議|厚生政策資料速報サービス

 

大規模な国内のデータはないようですが,現実的には接種いただくこととなるでしょう.

小児領域でも気になる問題かと思いますが,国内の28例の後ろ向き調査の結果が報告されています.無料で公開されていますので,必要時にはぜひ参考にさせていただける報告です.

 

異なるHBV遺伝子型由来のHBワクチンを組み合わせた予防接種効果,小松 陽樹ほか, 小児感染免疫 :28巻3号 Page179-183(2016.10)

 

・28例の小児における,2種類のB型肝炎ワクチンの接種による抗体価を調査

・7例(年齢の中央値 月齢2,0-13歳)が組み合わせの投与,21例(年齢の中央値 月齢0,月齢0-月齢2)が同じワクチンの投与

・3回接種後の抗体価は,異なるワクチン投与群でも100 mIU/ml 以上(有効値10 mIU/ml 以上)を示し,両郡で差はなかった

母子感染予防失敗例もなく,重篤な副反応などもなし

 

 

ちょうど化血研の問題があり,ビームゲンが供給できなくなった状況から,ヘプタバックスに切り替えたときの研究です.今と逆の状況ですが,このような研究は非常に有用で,臨床での混乱を軽減してくれる論文です.

 

ビームゲンとヘプタバックスの違いは?

 

上記論文のほか,

Web医事新報

B型肝炎ワクチンの種類を途中で変更することで生じうる問題とは?

https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=3942

 

に詳しくあります.

 

以下引用です.

 

 

使用されるHBVゲノムの血清型・遺伝子型が異なっている

ビームゲンは血清型adr・遺伝子型C

ヘプタバックスR-Ⅱは血清型adw・遺伝子型A

  

その他として添加物などが異なっています.

 

HBV中和抗体産生の主役であるHBs抗原“a” determinantアミノ酸配列は野生株では血清型・遺伝子型の相違にかかわらず共通しており,両ワクチンにおいても同一とされている

 

抗原決定基“a”領域に対する抗体はどの血清型でも結合できるため,異なる遺伝子型を使用したワクチンでも感染防御に有効であると推測されている

 

 

しかしながら,添付文書上での交互接種についての記載などはないため,可能であれば同一の薬剤で接種できるのが望ましいと考えられます.

しかし,なくなってしまった場合は,その薬剤の供給に時間を要する場合は,別なB型ワクチンを接種するという判断も必要になってきます.主治医に相談しましょう.

当施設の対応は 

ヘプタバックスの使用は,当施設の特性上,ほとんどが医療従事者用となっています.基本的に小児への接種は,近隣の開業されている先生方で担当いただいています.どこの地域も同様でしょう.

少ないながらにも,かかりつけの小児への接種も行われています.その方には最終までの投与ができるよう,ある程度の数を予測して対応しました.幸い0.25mLの方は少し余裕があるとの事でした.

学生や職員の接種が主となる当施設は,これからその対象者を絞る作業が始まりますので,あらかじめの購入ができません.

しかしながら,限られたものを買い占めることもできない以上,対象者が確定してから,適切な数を準備することになるかと思います.

先日までの欠品で問題となった,メソトレキセート,セファゾリンに比べれば,大きな混乱はありませんでした.

 

ワクチンの安定供給の重要さを認識する

医薬品の供給というのは,製造元として,しっかりと保っていただきたい,最もお願いしたい大切なことの一つです.

 

B型肝炎ワクチンは,これからも多くの人々を守ってくれる,世界に認められたワクチンの一つです.

 

B型肝炎の治療の難しさなどから,先人たちが開発してくれたワクチン.なくしてはいけない,命を守るために必要な薬剤の一つが,B型肝炎ワクチンかと思います.

幸い,今回はすぐに供給が滞り,接種できなくなるという不安はないとの事ですし,現在の2製品のシェアがほぼ半々と聞いています.近々に欠品という事はないでしょう.

 

ワクチンは通常の医薬品と異なり,国家検定が必要です.それだけに,今すぐ製造,供給がしづらい薬剤の一つかと思います.それはもちろん理解していますが,この薬剤はどんなことがあっても欠品してはいけない医薬品の一つになるかと思います.

 

その重要性を,国もしっかりくみ取ってくれていると信じています.日本に住んでいる方に,薬の偏りで接種できないことにならないように,対応いただくことを願うのみです.

年度も変わり,新入職員が入職してきたこの時期であることも踏まえ,今一度このワクチンの大切さを認識したいと思います.