病院薬剤師のブログ

徒然なるままに。少しづつ勉強していきましょう。

AMR対策と,薬剤師としてできること

毎年11月は、「薬剤耐性(AMR)対策推進月間」です.ご存知でしたでしょうか?
秋も深まる中,ちょうど今週11月12日(月曜日)~11月18日(日曜日)は,WHO(世界保健機関)より「世界抗菌薬啓発週間」として定められています.11月18日を含む週とされています.

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抗菌薬の適正使用,薬剤師が関わるところも多いと思います.我々薬剤師としてできることについて確認してみましょう.

AMRについての知識は,なんといってもAMRリファレンスセンターが詳しく,かつ分かりやすい.Hpも一般の方に分かりやすいように作成されている.ぜひご一読を推奨する.http://amr.ncgm.go.jp/

AMRについては,国内においても,2015年からすでに取り組みが始まっている.
https://antibioticawarenessjp.jimdo.com/
今も中心になられている先生方がキックオフとして啓発活動を開始されている.

特に新しい話題でもないのだが,個人的に,AMRのポイントは以下と考えている.

  1.  抗菌薬の相手は微生物であるため,微生物は生き残るために様々な耐性化の手段をとるのはごく当たり前のこと
  2. 有効な薬が使えなくなってしまったら,治療が行えなくなってしまうこと
  3. “今”がよければよいわけではない,という認識を持つこと
  4. 問題意識を持つこと,伝える事

これらを理解してからAMRのHpを読むと,比較的よく理解できると思う.

 

1.微生物は生き残るために様々な耐性化の手段をとるのはごく当たり前のこと


抗菌薬,学生時代に勉強した時は,構造式とTDMのイメージしかなかった.それぞれどのような特徴があって,というのは漠然と勉強したが,上記の通り,抗菌薬の相手は生きている微生物になる.
AMR臨床リファレンスセンターより,
抗菌薬とは
 抗菌薬とは細菌を壊したり、増えるのを抑えたりする薬のことを指します。
 抗菌薬は細菌の構造や増えていく仕組みのどこかを邪魔して効果を発揮します。たとえば、代表的な抗菌薬であるペニシリンは細菌の細胞壁の合成を邪魔します。ヒトと細菌の大きな違いに細胞壁があるかどうか、ということが挙げられます。ヒトの細胞には細胞壁がありません。そのため、ペニシリンヒトの細胞に影響を与えず、細菌のみを攻撃することができるのです。

改めて読んでみると,病原性菌にのみ働いて,死滅させるような働きを持ち,人にはほとんど影響しない薬,それが抗菌薬なのです.
それはそもそも奇跡的な薬ではないかということである.そんな都合がよい薬など,そもそもあるのか,という考えを持つべきではないかと思う.

 

AMR臨床リファレンスセンターより,
薬剤耐性菌の歴史・変遷

人間社会においては、抗菌薬が世の中に普及し始めた1940年台から薬剤耐性菌が次々とみつかるようになり、その後急速に世間に拡散していきます。これには、抗菌薬の使用が大きく関わっているといわれています。抗菌薬に感受性のある細菌がいなくなることで、もともと薬剤耐性であった細菌が選択されてしまったり、また、ときには抗菌薬への曝露そのものから細菌が変化して耐性化したりします。

抗菌薬の開発と細菌の耐性獲得はいたちごっこです。人類が新たな抗菌薬をいくら開発しても、細菌は新しい薬剤に対して次から次へと耐性化してしまうのです

世界初の抗生物質であるペニシリンを発見したアレキサンダー・フレミングは、1945年のノーベル賞受賞スピーチの中ですでに薬剤耐性菌の問題について触れている。

 

発見当時から,特定の微生物に対して有効な薬剤,人にはほぼ無害な薬剤,抗菌薬.体制化は,抗菌薬を手にした時からすでに起こるべき問題として分かっていた.今ある薬剤を上手に使うしか,残された方法はない.微生物は生きている.人類が誕生するもっと前から環境に適応したもののみが残っている事を考えると,微生物とケンカをして勝てるわけがないと思うのは私だけであろうか.

おまけに彼ら微生物は,我々の手などを通して他の人に移ることができる.微生物を勉強すると,そのすごさに圧倒される.それを排除する人の免疫機構も負けてはいないと思うが,いつまでもそれが保てているわけではない.
共存させてもらう,という気持ちでいないと,無理なのではないだろうか.病原性の強いものだけ,少し数を減らしてもらうために抗菌薬を使う.免疫がある人で,抗菌薬が必要でない人には,抗菌薬を使わない治療というのも必要な時に来ているのではないだろうか.

 

2.抗菌薬が使えなくなるということ


抗菌薬が使えなくなっている.このままの現状の場合,2050年には,1000万人と試算されている.これは癌の820万人を上回る人数と試算されている.
amr.ncgm.go.jp/pdf/20171020_ig_vol2.pdf
そんなことは考えられるのであろうか?

 

近年の薬剤開発状況を考えてみてほしい.
抗がん剤は分子標的薬を中心に,めざましい開発がなされ,様々な薬剤が世に出てきている.分子標的薬は癌治療を劇的に変化させているのは,だれもが身をもって感じることができると思う.

抗菌薬,感染症はどうであろうか?
ここ最近新しい薬剤が発売された.うれしいことではあるが,それでもほかの治療と比べて僅かで,それだけに頼るわけにはいかない.
詳しくは書かないが,薬剤の開発状況を抗菌薬と抗がん剤と比較すると,治療薬に関してはもはや勝負にならないほど違いが出てきてしまっている.
様々な学会や製薬企業が,何とか努力をしながら進めてくれているが,これはもうどうにもならない問題になりつつある.
産官学による抗菌薬の開発,承認についても大切になってくる.ただ,薬の開発は,人に使う以上,数か月,数万円で開発できるわけではない.特許などの問題などはあるであろうが,なるべく柔軟な取り組みを期待したい.こちらの道に進んでくれる若者にも期待している.

 

3.“今”がよければよいわけではない,という認識


WHOでも同様だが,国内でも将来的なものを見据えたポスターが目を引く.
将来,というのは我々が年を重ねたときでもあるのだが,それ以上に子供たちを守る,というのが最も重要な使命であろう.
これからの未来ある子供たちを守る.それに尽きると思う.我々が年老いて,耐性菌の脅威にさらされても,それなりの年齢であれば,そこまで手を打たず,もしくは対策してきてもダメであったのであれば,現実を受け入れるしかないし,それは仕方がないであろう.
ところが,これからの子供たちを,その耐性菌により,失ってはいけない.これからの未来ある若者たちは,それまでの薬剤耐性菌については,何も悪いことはしていないのだ.

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今の日本の年金問題を見るようではある.
今抗菌薬を使うべき人に使うのは大切で,使わないべきだと言っているわけではない.その使用が本当に良いのか,というのを吟味すべきである.
病院薬剤師は,加算なども付いてきており,積極的に行うべきであろう.責務と認識いただきたい.自戒を込めて.


4.問題意識を持つこと,伝える事


長々と書いてしまったが,現実は抗菌薬,耐性菌治療に関しては,暗い話題しかない.学生に話してみても,ちょっとした抗菌薬,治療に関する部分は興味があるようだが,薬剤耐性に関する問題などは,現実的な実感がわかないからか,反応も薄い.それは当薬剤師も同様である.恐らく立場が異なっていれば,私も同様だったと思う.

以下,様々な意見があったことを少し記載する.どれもごもっともな意見.
そんな未来の事言われても.処方するのは医師でしょ?
抗菌薬が効いてよくなれば,いいのではないか.
なぜ落ち着いている患者の抗菌薬をわざわざ変える必要があるのか?
そもそも調剤薬局で処方を受けて,明らかに風邪の処方であっても,抗菌薬が必要という理由で抗菌薬を医師が処方している以上,別に疑義をする理由があるのか?
儲からない抗菌薬の開発をしない,というのがなぜ悪いことなのか?

それぞれの立場があるので,どれもわかるし,正しい(のかもしれない).それを否定するわけではない.

ただ,問題意識を持つこと,は大切だと思う.考えなくなり,できないと思考停止するのはキケンだ.

医薬品製造に関する業務には就いたことがないので,製薬会社の立場からは分からないが,これこそ税金や特許などを優遇するなどの対策を行うなど(すでに特許に関してはある)対応ができるのではないかと思う.ただ,それ以上の意見は持ち合わせていないので,これは国が主導する問題なのではないかと思う.

病院薬剤師,はすでに色々行っているであろうし,発表も出ている.TDMやASTラウンド,ICTラウンド.サーベイランス.なので特に述べない.うまくいっている施設は,ぜひそれを論文化して,見える形にしていただきたい.業務報告でもよい.本当はこれも国が主導で行っていただきたいし,そうなるべきだと思う.成功事例をどんどん導入できるシステムづくりが大切だと思う.
抗菌薬のサーベイランスが難しく,時間も取れないという話はよく聞く.これも同様で,できない,と言っていてはできない.おそらくやらないと思う.
抗菌薬使用動向調査システム(JACS)Hpより
https://amr-onehealth.ncgm.go.jp/surveillance/47/
新たな感染対策システム(J-SIPHE: Japan Surveillance for Infection Prevention and Healthcare Epidemiology)が動き始める予定となっている.

各施設でレセプト請求ファイル(医科点数表に基づく出来高点数情報(EF統合ファイル))より自動計算させるプログラム,とされている.
より抗菌薬のサーベイランスが必要とされており,ナショナルサーベイランスとなることを期待している.これにも薬剤師は関わるべきであろう.
いずれ,事務員が上記EFファイルをネット経由で転送,となっていくかとは思う.そのデータを生かす方に薬剤師はシフトすると思うが,そのためにもこのシステムを少しでも見てみる,のは大切ではないか.今後確認しておくべきところだと思う.
客観的な資料作成,比較には大切だろう.薬の事は,薬剤師が関わるべきであると考える.

薬局薬剤師
忙しい中の業務で,そんなことなどできるわけがない,と以前言われたことがある.
それはその通りなのだが,私が言いたいのは,問題意識をもつ,ということで,できないから考えない,ということは間違っていると思う.

以前の学会で,地域薬局での抗菌薬処方量を調査し,開業されている先生方ごとに集計して,地域で共有している発表があった.
医院の門前で,ほぼそこに集中していれば,おおむねどのような薬剤が出ているというのは把握できるであろう.電子レセプト情報を集めれば報告がしやすくなると思う.データが出れば,見えるようになれば,一歩進むと思う.

教育,というのは日々行わなくてはいけない.忘れてしまうからだ.
それは患者教育というところでも有用だと思う.病院の診察室はあわただしく,通院でかかっているので色々なストレスがかかっている.早く診療が終わって,帰宅したいという気持ちもあるであろう.薬だって,もらえるならばもらえる方が,という心境になるのもよく分かる.


先日のJournal Watchにもあった記事で
How Do Patients Feel About Leaving Visits Empty-Handed?
患者は手ぶらで受診を終えることをどのように感じているか?
元論文はこちら
JAMA Intern Med. 2018;178(11):1558-1560.
Association Between Antibiotic Prescribing for Respiratory Tract Infections and Patient Satisfaction in Direct-to-Consumer Telemedicine

米国内科学会雑誌の報告だが,
・気道感染(遠隔診療)で患者に満足度を調査
・66.1%に抗菌薬が処方され,15.5%が抗菌薬以外,何もない処方が18.3%
・最も高い評価をつけたのは,抗菌薬が90.9%,抗菌薬以外が86%,何もない処方が72.5%

→抗菌薬の処方が患者の高い満足度と関連?


色々な制限もあり,これだけでは判断は難しいが,抗菌薬の処方が患者の満足度を上げる,というのは理解ができる.

米国の報告だが,おおむね抗菌薬をもらった方が,満足度が高いというのはどこの国も同じなのだろう.
これを踏まえてだが,抗菌薬を処方してもらうことが必ずしも良くない,抗菌薬が不要な場合もあることを知ってもらおう,というのが今のまさしくAMR対策の根幹になっている.
先ほどから何回か出てきている教育,というのは医療従事者だけの問題ではない.一般市民向けのイベントが必要なのは,日本国民すべてがこの認識を持ち,常識となっていけば,これからを変えられる可能性があるということにほかならない.

一般の方・医療関係者の方用の啓発用ツール・ポスターなどもAMRリファレンスセンターに掲載されている.http://amr.ncgm.go.jp/materials/
これを薬局の待合室など目立つ場所に掲示し,患者さんに見てもらう.少しは興味がある人が出てくるかもしれない.それは子育て世代の若い親御さんが最もよいのではないかとAMRセンターの先生が先日講演されていた.
その親御さんたち,というのは,子供の薬をもらうという立場から,おそらくもっとも薬に敏感であろう.若くて理解力も高い.これからの子供を守る,というところは共感が得られる世代ではないだろうか.ただ,この世代は子育て,仕事に忙しい.一般向けの講座などがあっても参加は難しいだろう.
ただ,薬局には来るわけである.時間がないにしても,チャンスはあるのではないだろうか?

学校薬剤師の方がいれば,学校保健会https://www.gakkohoken.jp/column/archives/92
もAMRと連携し,資材が充実しているので,ぜひ活用をしていただきたい.

私も以前,小学校の保健委員会でお話しをさせていただいたことがある.4-6年生が対象であったと記憶している.その時は別な話をしたが,その子供たちは真剣で,メモをたくさん取っていた.今まで講演の経験は多くはないが,とても印象に残った.最も真剣に聞いていただいた会だったかもしれない.
すでにこのような取り組みは行っている方も多いかと思う.手洗いの話,バイキンの話,薬の話.将来の未来ある子供たちに話を聞いてもらう.その機会が持てるのは学校薬剤師が最も近い.薬学生でもできることだと思う.

抗菌薬は,他の薬剤とは明らかに異なっている.良い薬剤の開発と共にその使命を終える薬剤とは異なり,抗菌薬はその全てが耐性菌との問題と常に戦っているわけで,いずれこの世から消えてしまう可能性を持っている.
かぜ症状が軽快するかもしれない,予防で使ってみることで治るかもしれない,というようなお試しで服用するような薬剤ではない.薬剤師として,大切に残しておきたい薬剤だと思う.

いかがであろうか.

今週は薬剤耐性(AMR)対策推進月間です.今週はさらに世界抗菌薬啓発週間です.
1年に一度だけの期間.今だけです.
まず職場で,この情報などから広めてみよう.知らない人がいるかもしれない.
少しづつ,一つずつ.一歩ずつ.

私は,とりあえず締め切りまでに,薬剤耐性あるある川柳に応募しようと思う.
これも一歩.